しばらくいじけていた私は(プロフィールもご参照ください)、夏になる頃にやっと何となくいつもの自分に戻っていることに気づき、
「2浪以上している人たちからすれば、今平和なんだから贅沢はいえないね」
と、あとは時間にオマカセ!とまたテツドー趣味にぼっとーし始めました。
9/13の記事の「初めての東海道中膝栗毛」というのが、自分の初めての一人旅の経験でしたが、それでも、高校までとは違って、夏休みも長く、体をもてあまし気味。
道内旅行に充てることにしました。
[図:釧路市交通要図、赤+緑線が釧路臨港線]
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<釧路臨港鉄道小史>
・大正14(1924).2.11:釧路臨港鉄道株式会社(三井系)が別保信号所ー知人間(7.4km)を蒸気
動力で開業
・大正(1926).2.1:知人ー臨港間(1.1km)開業、春採ー臨港間(5.2km)旅客営業開始。
・昭和2(1927).2.20:臨港ー入舟町(仮)間(0.2km)を旅客扱いで開業
☆昭和10(1935)年からガソリンカーを導入
・昭和12(1937)1.10:釧路港の荷扱い場所、城山まで延長(2.2km)
・昭和15(1940).10.24:入舟町(仮) - 入舟町間(0.6km)延長開業し、総延長11.5kmとなる。
・・戦後
☆昭和28(1953):ディーゼルカー導入
・昭和38(1963).11.1:旅客営業廃止(臨港・知人・春採・緑が丘、城山以外の駅は廃止)
・昭和41(1966).12.1:臨港ー入舟町間廃止
☆昭和54(1979).4.6:「太平洋石炭販売輸送」に吸収合併される
・昭和60(1985).6.1:城山ー東釧路間廃止
・昭和61(1986).11.1:東釧路ー春採、臨港ー知人間廃止
※以後運炭列車を、「知人ー春採」間で、両端に機関車をつけるpush-pull運転、のシャトル便方式で運転しております。
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全長12,200 mm・ロッド駆動式で、機関はDMF31SBを1基搭載(500 ps/1,500 rpm)する。
このときは現役のようですが、すでに引退しております。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 春採駅全景
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釧路は、海沿いの街の中ではup-downが少ないほうかな?と思いました。
それでも、釧路駅から海に向かって歩くと、不思議なことに、一回丘陵地帯にぶつかって、チョット上り坂をあるかされます。図中下端に「米町」という駅がご覧いただけますか?この近くには「米町公園」というのがあり、釧路駅からですと、徒歩30分くらいでしょーか?
2/3程は登り坂です。
当時、今より17kgほども体重が多かったのので(77kg)、結構こたえました。
でも一番こたえたのは、「アリ?釧路臨港がまだある??」といった事実で、この鉄道を「トリテツ」する時間枠など全く考えていませんでしたので、写真はこの二枚だけです。
後から、わかったのですが、下の二つの場合が時刻表に載らないようです。
私は大学に入るまで知りませんでした。
*旅客営業をしていなければ、全国版の時刻表といえど載せようがない
・・・至極当たり前です。これで私は勝手にこの鉄道が廃業したのだと思い込んでし
まいました。 今の岩手開発鉄道、福島臨海鉄道が相当しますでしょうか
◇鈴木藤三郎(1907)→磐城海岸軌道(1916)・・・・福島臨海鉄道(1967)その後も
旅客は1972年まで運んでいました。
*部分廃止で、JRと連絡が断たれた鉄道・・・かつての頸城鉄道
いーわけになるでしょうけれど、当時は現在のように、どこの交通機関がどれだけ元気か?なんて簡単にわかりませんでしたから。
でも、はじめから「どーせ、またつぶれたんだべ?」というのは今考えても失礼したと思っております。
あとですねー、釧路には「C園」という老舗の蕎麦屋さんがあって、ここの麺が緑でした。当時は釧路中のそばやさんの麺が緑でした。
それから、そば料理の「コース」というのがあって、現在2700円ですが・・・35年前でも2000円はしたと思いましたけど?なんか、物価の上がり方と合いませんねー・・・
ここでオモロイとおもったのは「かしわぬき」という一品で、鶏肉+葱のだし汁なのですが、「本来蕎麦屋で出すはずの<そばをぬいてあるから>」・・「かしわ+ぬき」なんだそーで。こんなん、知らんキャ答えられませんでしょ。
そばは庶民の食べ物と思っていましたが、高級店がやっぱりちゃんとあって、値段もそこそこするし、ベンキョーしないとメニュー・・・っていうとおこられるんですよ、これがまた・・・「おしながき!!」の意味すら分からない物があるってーことが分かった旅行でした。
結局 "MENU"というより、"MUEN "てとこでしょーか。
おしまい。
次回は、時間があれば、最近人口が一万人を割った「夕張」を何回
かに分けて・・・すっかり鉄道ものになってしまってますね。
すこし、休みますか・・・
次回は、排水量2300tonのなかに5000tonクラスの装備を兼ね備えた、
南雲造船技術中将屈指の傑作、軽巡洋艦「夕張」です。
