「カラスさん、始業のベルなってるよ」
簡単な応接スペースの長いすに寝ているところを、職場の後輩に起こされた。
昨夜は確か・・・2年ぶりくらいの当直。どーしてもヒトがいないのでやってくれと・・・
「うちの夜勤なんか・・・」
なれた職場の機械番だけ!どーせ、小学生でもできる仕事!!と思ってなめてかかっていたのが悪かったのか・・・普段は大味なつまらない周辺機器にしか見えなかった管理システムも、2年間の間に長足の進歩を遂げていて、私の睡眠をしばしば妨げた。
「結構、大変だったでしょ。こいつらのオモリするの。バージョンアップも適宜やってますからね」
先ほどの後輩がまた話しかけてきた。腕も性格もいいのだが、時に口が走りすぎてうるさい。
「そーだな。すくなくともジジィの仕事ではなかったな。気軽に引き受けて失敗したさ。」
「またまたァ。カラスさんだからその程度で済んだんスよ。他の管理職・・・」
「その辺にしとけ。」
「コーヒーいれますか?」
「お、悪いね、頼む。
あのさ・・・んーーーー」
「どーしたんです。
途中でやめるなんて。男らしくない。
だいたい、体から出したいものをため込むと、癌になりますよ。」
「ヤなことゆーやつだね、お前。癌年齢にさしかかったオヤジに向かってさ。」
私はわざと露骨に嫌な顔をして見せた。
「スイマセン。」
彼は本気でしょげているようにみえた。
「コーヒーありがとう。仕事やる気になったよ。」
「ええ。」
まだ、気にしているのかな?案外打たれ弱いヤツ?
「(ヨシヨシ!案外可愛いートコあるじゃないの・・・)ジョーダンだよ。ところでな、お前さん、多分おれのうぬぼれだと思うんだけど、時々おれの味方というか、おれの言い分を支持してくれているような気がするんだが、気のせいだよな?」
「いまさら何を言ってるんです。100%そのトーリです。」
「おれは驚くのを通りすぎてあきれているんだが・・・・
そんなことをして何かキューリョーが上がるとか、いーことでもあるのかね?」
「え~と、どーやって言えばいーのかな・・・どー説明すれば分かってもらえるのか・・・」
「よーするにそんな程度のコマゴマとしたことなんだろ、説明に困るよーな。」
「チョット待って下さいよ。」
本気で怒ったようだ。
「まだ話のトチューじゃないですか。」
「ん、悪かった。」
「カラスさん出向して2年半くらいでしたね。そのころ、おれここやめようと思ってたんス。」
「どーしてまた。」
「だから最後まで聞ーてくださいって。」
「あ、そっか。」
「そーですね・・・あ、えーと。自分が、会議で、プレゼンしているとしましょー。そうして、途中で質問なり、イチャモンなりが入る。自分は、一応予行演習はやってきますが、あがり症で、話の腰を折られると、あとあとペースが大幅に狂ってしまう方なんですよ。」
(ははぁ、少しわかりかけてきた・・・)
「それで、ここのお偉いさんは、その質問なり、イチャモンなりが、おれのプレゼンの本筋から外れていることが分かってないってことが、ほとんどの人たちに理解されていなくて、ずれた方向の質問ばかりが飛んできちゃうし、そういった勉強はしてきてないから、わからなくて怒られるし、自分の主張を最後まで制限時間内に説明し切れなくて、不完全燃焼で会議は終わって、上の人には”次があるさ”なんて言われちゃうし、毎回散々だったんです。」
「へー、そーだったの。それじゃおもしろくないよね。」
「だから、自分の話が分かってくれるところに行こうかと思っていたんです。
そこにカラスさん登場!!最初は、周りのおっさん連中といいショーブの中年太りのオヤジかと思いましたよ。ヘビースモーカーで、コーヒーはがぶがぶ飲むし、歓迎会ではいきなり意識なくなるまで飲んだくれるし。
あの日オタクまで送っていったのおれなんですよ。そしたら、仕事の本なんか1-2冊しかなくて、鉄道と戦車の本ばっかでしょ。あーあ、と思いましたよ。」
「第一印象、洗いざらい吐き出したようだね。」
「いーえ。それで、カラスさんが来てからの初回の、おれのプレゼンの時なんか、座ったと思ったらいきなり寝始めるし、この人よくこれで出向程度で済んだなと思いましたね。
あれ?怒んないんですか?」
「そんな批評にはもー慣れたし、社会人になってから、ずーーと付いて回っているからマヒしている。」
「じゃ、今までのペースでやらせてもらいます。で、例によってワケワカラン質問が飛んできたときに、カラスさん、今彼の話はAについての話で、ご質問の主旨はBなので進行を遅らせ、彼のプレゼンをフンキューさせるだけですので、全部プレゼンが終了してから彼に直接お聞きになるのがスジだと思います、っていってくれたでしょ。」
「さっぱりおぼえとらん。」
「まったー。テレ屋さんてば。それから、ちょいちょい助け舟出してくれてたじゃないですか。」
「そーゆーのは助け舟とは言わない。ボケた敵が突っ込んできた時の正当防衛だ。だいたい、おれは、誰の味方でも敵でもない。スジが通らないことが嫌いなだけだ。」
「そー寂しーこといわないでくださいよ。とにかく、自分にとって、カラスさんのポリシーはドーでもよかったんです。」
「あー、そーかね。」
「あ、怒っちゃ困ります。自分の仕事をやっとまともに評価してくれる人が来てくれたんだって。それから仕事もうまくいくようになって。
以前、”次があるさ”っていってた上司も、プレゼンの中身は全然変わってなくて、助け舟が出てスムーズにいっているだけなのに、今日はよかったねとか、だんだんよくなってきてるぞって言ってくれてるし。
だからおれもう少しここにいて・・・そのー恩返ししないとなって・・・」
「恩返しとやらが、おれの応援をするってーことかね?」
「そうです。自分をここでもう一度やる気出させてくれた恩人ですから。」
「そりゃーかいかぶりだろーさ。お前さんはおれとちがって、頭も腕もいい。学校も一流どころをでている。元々のいい素質が、開花しつつあったところにたまたま俺が転勤してきた。それだけの話だろ。オレにくっついてると、中年太りで、ヘビースモーカーで飲んだくれになるぞ。」
「いや、そーじゃなくてですねー、やっぱり、おれ、自分の考えをヒトに正確に伝えるサイノーないなー。だから、あの、自分の周囲には、カラスさんのような、才能を、まーあればの話ですが、うまく引き出してくれた人は、学生時代からいなかったんですよ。」
「ソリャまた、軟弱だね。N大まで出てね。才能がもっと若い頃から出ていたら、T大でも入っていたの?受験は自力本願だから、そーゆー話、あまり外で・・・しな・・・い・・・」
「あ、カラスさん!カラスさん!!どーしました。
救急車!誰か、救急車を!!」
ー今日は例の患者どうですか?
=あ、教授。いつものように、一人二役の芝居はきっちり13分48秒で終了しました。
ーそれが、例の発電所の急性期治療が終了後、2年間もずーっと一日も欠かさず続いているのかね?
=はい。時間も13分48秒で終了して、そのあと口真似で「がたがた」と音を出すのですが、最近救急隊が、現場に到着して彼を連れて行ったときの擬音らしいということがわかりました。
ーまさか、その時間も毎回同じとは言わんだろうね。
=そのまさかで、ご指摘のとおりなのです。あとは、元気になって、アーやって好きなことをして1日の残りの時間をすごしているのです。
*一度倒れたはずの「カラス」と呼ばれていた男が、床に座って、ラジコンの戦車を転がして遊んでいた。
ーあの戦車は?
=彼がほしいといった形式のプラモデルを我々が研究費からカネを出して買ってきていますがまずかったでしょうか?
ーいや・・・
=あの、なにか・・・
ー後輩の会話の中に戦車と鉄道と出てくるのに、ドーシテ、戦車だけほしがるのかなって思っただけだ。
=そういえばそうですね・・・
ーま、おいおい調べようか。
ところで彼の生活歴とか、学歴、職歴、交友歴はすべて調べ終わりましたか?
=先生からオーダーのあった分はすべて・・・。
カラス氏はM工大を出て、H工業、T車輌を経て平成23年2月から現在のR工機に出向になり
ました。
ー二役の後輩君の話ではかなり仕事ができそうな人だけど、その辺はどうなんですか?
=いえ、全く平凡で中年のオヤジ社員みたいです。私が直接R工機に話を聞きに行ってきまし
たから。それから、後輩が出てきますが、カラス氏が大変尊敬していた先輩がT車輌にいる
そうです。
ですから、実際の人間関係は、劇中の後輩→実際のカラス氏、劇中のカラス氏→カラス氏
が尊敬しているT車輌の先輩ということになるかと思います。
ーじゃ、どうして、G原発事故の応援部隊にえらばれたの?この会社の規模から行くと、応援を
出すとしても、技術系か事務系がどちらか一人でショ?**省通達ではなるべく優秀な人、
とか言う希望があったかと思いましたけど・・・あ、それから、いまさらだけど、こちらの声は向
こうには聞えてませんね?
=もちろん聞えていません。このスイッチを入れますと中と会話はできますが。
それと、あの頃の応援体制のこと、先生、よく御記憶で・・・
彼の会社、くじ引きで、技術系一人出すよう当たったんだそうです。
それで、みんなそんなとこに行きたがるわけないですし、そこで、彼が会社に、来て日が浅い
からという理由だけでだされたそうで・・・
彼は会社を相当恨んでいたとも聞いています。
ーいやな話ですね。
=ええ。ところで、先生。この先、彼の扱いはどうなってしまうのですか?
ー一応精神科の措置入院(他人に危害を加える可能性がある場合の強制入院)という形で、
今回の◆■電力の民事訴訟の時効が来るまで当大学病院でお預かりすることにした。
=また気の遠くなるようなお話で。あの時、上屋が吹っ飛んで、外で作業していた彼だけが遠く
まで吹き飛ばされて、直接放射能を大量に浴びずに助かった。中にいた作業員は現在一人
も生存者はいないと聞いています。
でも、このような、一風変わった性格になってしまって、これはこれでお気の毒ですね。
しかし・・・
ー何だね?
=そのー・・・
ーいいたいことは分かっている。**省と◆■電力からはいい金額を頂いたそうだ。私も教えて
もらってはいない。が、20-30年は大学経営が黒字になる程の額だそうだ。
=想像以上に我々の責任は重要そうですね。
ーその通り。時効明けの日まで脱走と死亡させることは許されないらしい。
=死亡もですか?
ー一名生存ともなれば印象が違うと考えたのではあるまいか?
=そうですか。
先生。それから彼はいつも起床の時、「風の夢を見た」というのですが、どういう意味なので
しょうか?
ー風の夢?彼の爆風の心象風景だろうか?聴力検査はやってみた?
=異常なしです。
ー核医学検査で聴覚連合野と側頭連合野(記憶の引き出し)の検査は?
=同じく
ーう~ん。今はアイデアはないなー。チョット考えさせてくれないか?
=承知いたしました。
そうか。おれ、民事の時効が来るまでここにいるのか。
あんたがた、おれが適当に壊れた人間だと思っているらしいけど、割とまともだと思うよ。
それにしても民事の時効とはよく考えたね。あの時のこと全部知っているのは、おそらくおれ一人しか残っていないと思うんだけど・・・どうして消さなかったのかな。その方が手っ取り早く決着がつくでしょう。
あー、どんな病気が出てくるか見たいのか。でもよ、あと、15年とか、20年だろ?民事って、おれ77歳?
それから、あんたがたの声ね、ずーと前から、つ・つ・ぬ・け!
そっちの部屋も出入り自由。
1500-2000円くらいのラジコン、リモコン戦車買うと、ちょこまかと工具やら誘導線が付いてくるの。それでいろいろと細工ができるわけ。
途中で教授から、どーして戦車ばかり買うんだって言われた時には「やべ!」て思った。
戦車のシャーシの中に工具とか誘導線一杯入ってるからね。
さすが偉くなる人は目の付けどころが違うわ。
でも絶対ここから抜け出してやる、絶対、絶対・・・