私が中学生時代[昭和45(1970)年ころ]、話題になっていた一つに、「あの!!G.ガリレイさんが<サンタ・レッロ>というギター曲を作曲した!!!」という話が札幌市の外縁の札幌市でないヨーなド田舎中学に舞い込みました。
確かに、譜面を見ると、G,ガリレイ作曲と書いてあります。
そのうち一人が気がつきました・・・
「この時代って、まだリュートだよなー」
「あー」
一同納得・・・譜面はギター用に編曲されていましたのでごまかされるところでした。
当時は、病没したN.イエペスがよく弾いていました。
3拍子の単純な曲でしたが、開放弦の音が多く慣れないと消音にてこずる場面もでてくるような、チョット癖のある曲でした。
それはともかく、リュートはギターより弦の本数も多いので調弦も時間がかかる・・・
「それでも地球は廻っている」
といった偉大な成果を出した大先生が、暇つぶしに、調弦済みのリュートで遊ぶことはあっても、本格的に作曲などするだろーか?
それが、その場に集まったわれわれ、中学時代のギター仲間の感想でした。
以来、なんとなく気にはなってはいましたが、結論などでるはずもなく、40年以上が経過。
しかし、今回、偶然にも、下にお示しするサイト様を拝見し、可能性はかなり高いのではないかと思われる貴重なご意見にそーぐー致しましたので、手短にご紹介させていただきます。
G.ガリレイさんの父上、ヴィンツェンツォ・ガリレイ(V.Galilei)さん(1520-1591)はリュート奏者として勇名をはせておられました。そのお父上の手になる曲の一つに、「リュートのための6つの小品よりSaltarello(サルタレーリョ)」があったようです。
慎重な方々は、依然、作曲者不詳の立場を崩しておられないようでして、この記事を書いた方も、本音はそうなのかな?と思ってしまいました。
参考:作曲者不詳、リュートのための6つの小品よりサルタレーリョ
http://www.applio.jp/seiichif/Recording/saltarello_6pieces_lute.html
でもこの頃の自然科学者の一番のステータスシンボルはなんであったかというと、楽器を最低一つは弾けることだったといわれております。
このお話のポイントと思われたのは、実は、
お父上が作曲した楽曲を息子に弾かせたかったのではないか?
そんな気がするのです。
「TVのガリレオ」の見すぎですか?
☆ヴィンツェンツォ・ガリレイ(V.Galilei)さん(1520-1591)のころの日本
・織田信長の誕生 1534
・桶狭間の戦い 1560
・本能寺の変 1582
・文禄の役(秀吉の1回目の朝鮮出兵)
1592