長いこと鮨職人をやっている友人から手紙が来た。
新しく店を出したから食いに来てくれないか・・・と。
私は、彼のことを人一倍「鮨」に対して研究熱心で、腕の立つ鮨職人であることを認めていた、数少ない一人ではないかと思う。
彼は、料理のセンスも悪くない、いやむしろどこに行っても立派にやっていける腕前があり、経済観念もそこそこ、決して無理な投資、変な「キワモノ的」な出し物など出さずに、常に地道に手堅く40年近く「鮨一筋」で生きてきた。
しかし一度も芽が出なかった。何度か、有名なホテルの和食部などから声がかかるほどの腕前でもあったのに・・・
彼のほうから誘ってくるとは、今度はよほど店がうまくいているのであろうか・・・
早速、手紙をもらった次の日曜日、彼の店に行ってみると、客の列が200mくらい並んでいて、2-3時間ほど待たせられるとのこと・・・
定休日を確認し、その日は、早々に退散した。
そして、全くの平日の、客が来そうもない午後3時頃行ってみると、店には人気がなく、"夕食は4時からです"とある。
「あ!やられた!!」と思ったが、一応なかに声をかけてみた。
若い店員が、あからさまいやな顔をして「お客さん、うちは4時から・・」といっている途中で、
「そいつはいいんだ。鮨、食ってってくれよ。」と奥から友人が出てきた。
「だって・・・」
「いや、俺の店にずーっと来てくれていたのお前くらいなもんだからな。今日はそのくらいサービスしないと・・・。何から食うんだ?」
「ウニ」
「お前ウニ嫌いだったろう?」
「そうだけどさ。」先日の行列と、今日は再訪であると前置きをして「よっぽどネタに自信がないとね。あれほどの列にはならん。腕は二十歳頃からすでに店の大将が折り紙をつけていたほどだ。」
・・・さっきの若い衆が「俺はそんな人の下で働かせてもらっているのか」といった顔になったのが面白かった。
「それは、お前の買いかぶりだ、さ、ウニ、二貫。時価だぞ!」
「うまければ、1万でも2万でも払ってやる!ところで、どこの産だ?」
「わからんのだ」とやつの顔がはじめて曇った。
「そういえば、ネタケースがないな・・・」
「ばれたか・・・・お前だけには話しておくか」
「大将!!それはだめだ」さっきの若いのがさえぎった。
「いやこいつは口が堅いから大丈夫だ。それにいつかは世間にばれる。ちょっとこっちにきてくれ。」
と私を誘導した先には少し大きな、スーパーの鮮魚・精肉部の鉄の扉のような開き戸があって、それを押し開くと、「一面の干潟とたっぷりとした磯辺、そして青々とした大海原」がひろがっていた。
そして、ときおり潜水夫らしき男女が大小の魚を手に手に持ってあがってくるのだった。
「おまえ・・・・」
「そうなんだ。ここ、もともと自宅が建っていた土地でね、ある朝起きたらこうなっていた。あのときの自分はどーかしていたんだろーネ。ばれたら、この業界から抹殺されるさ。でも一回くらいは、繁盛する鮨屋のオヤジやってみたかったんだ・・・」
私はウニだけ食べて、餞別のつもりで10万円置いて店から出てきた・・・