こんばんは、
ようやく食べられるようになった
『てち』です。



みなさんは、
わたしのことを
不幸だと思いますか?


それとも、
幸せだと思いますか?



そんな、皆さん自身は
幸せですか?
幸せじゃないですか?



変なバーさんと
一緒に住んでいる私を
やっぱり
不幸だと思いますか?



私自身、
結婚してしばらくは
大好きな旦那と一緒にいられるのが
とても幸せだと思っていました。



でも、そのうち、
1日の大半を鬼姑と過ごし
旦那と結婚した意味が
分からなくなりました。


私は誰と結婚したの??


可愛がられたり、
大事にでもされていれば
素直に感謝したり
ありがたく思ったり
していたかもしれません。


でも、
ここは、
そうではなかった。


実家へいくことも許されず、
出掛ければ遊びと言われ


活動的だった私は
すっかり内向的になった。


なにもしなければ
なにも言われないだろう。



20代の私が出した結論だった。


結婚が早かったため
25歳になってすぐ、
母親となった。


子供が生まれれば、
鬼姑の視線もそちらにそれるだろう。


いつも、なんとなくの未来を
自分の都合のいいように
想像していた。


でも、
それもことごとく
打ち砕かれていった。


子供がらみで
余計に私への風当たりが
強くなったのだ。


自分はこうしてきた、
自分はそんなことは絶対しなかった、

そんな風に、
毎日毎日、私は否定され続けた。


果たしてそんな私は
幸せと言えるのだろうか。


義妹のこともあり、
この頃の私は
どん底だった。


毎日夜、布団にはいると
こっそり泣いていた。


子供が幼稚園に入ってから、
私の人生も動き出した。


働くという手段で
鬼ヶ島から脱出する術を
身につけたのだ。



それからは、
少しずつ、少しずつ、
ずるく、かしこく、
鬼ヶ島から抜け出すことを
覚えていきました。


当時の自分は
自分自身を、
不幸のかたまりと思っていました。


子育ても落ち着き、
真剣に働きだしてからは、
今に至るのですが、


真剣に働くために
外に出ようと思ったのは
鬼姑の存在があったからで、


今の自分の立ち位置は
案外、好きだったりするんですよ。


だから、
幸か不幸かときかれたら
私は迷わず
幸せだと答えます。



幸せになるとか、
幸せにしてもらうとか、


わたし、間違ってると思うんです。



幸せって、
待ってたり、
つかんだり、
してもらうものじゃなくて、



探して
みつけて、
気づくものなんじゃないかなって、


そう思うようになったんです。



そう思ったら、

今日のサムゲタンのスープおいしかった♪
って幸せを感じられるし。

ブログ更新できた♪
って幸せを感じられるし、

明日は飲み会だ♪
って幸せを感じられるんですよ。



毎日のなかに
いくつ幸せを見つけられるか
それが、幸せってことなんじゃないかな。



みなさんは、
今日、いくつ幸せを見つけられましたか?


案外そのへんに、
転がっているものですよ!




てちの
独り言でした!