こんにちは、
冬眠する必要がないのに
太り続ける
『てち』です。



いーかげん、痩せないと(-_-;)
ただのデブいおばはんに
なってしまうわ( ̄▽ ̄;)



最近、よく考えることがあって、
それはタイトルにした『自由』
ってことなんですけど。



結婚を目前にしていたころ、
あーこれで、
私の自由はなくなるんだ。
なんて思っていました。


専業主婦になるわけだから、
お金も自由に使えない。

同居するわけだから、
自由に出掛けるわけにもいかない。


だから、
独身の今のうちに、
買い物しまくって、
旅行に行きまくって、


後悔しない結婚にしなくちゃと。


23歳のわたしは、
そんな風に考えていました。



今の私からすると、
そんなこと言ってる20代の私に
ふんっと、鼻で笑いそうなセリフ(笑)


各世代揃えての自分会議してたら、
確実に笑ってますね(笑)



中学生や高校生の頃、
家では親がうるさいし、
学校では校則に縛られて、
なんでこんなに
自由を奪われなくちゃいけないんだ!!
って、


よく、友達と嘆いたりしていました。



結婚してすぐの頃は、
そんな学生時代の方が
どれ程、自由だったかを
思い知らされました。




だって、学生って、
好き勝手な生き物ですもの(笑)



けど、その自由に気づけない
もったいない世代です。




私みたいに、
完全同居をすると、
さらに、自由がきかなくなり、
人目に怯える生活になっていきました。



毎日が、
窮屈で仕方なく、
息を潜めて暮らしている
まるで犯罪をおかし、
潜伏生活をしているような、
そんな、おかしな錯覚に
陥ります。



これをしたら、
どう思われるかな。


ここに行きたいけど、
何か言われるから
やっぱりやめておこう。


そんな風に、
賢い選択をしているようで、
実はそれは
自分を苦しめているだけだと、
気づけませんでした。



この年になったからなのか
この頃、ふと、
自由って、選択できることなんだと
感じるようになりました。



やるかやらないか、
行くか行かないか、
見るか見ないか、
食べるか食べないか、
歩くかエスカレーターか、



生活の中には
ありとあらゆる選択があって、
それを選んでいるのは
まぎれもなく自分自身であるということ。



たとえ、それが、
人から助言されたことであっても、
決定しているのは、自分。



そう考えると、
私に与えられた選択が、

毎日とてつもない数
与えられていると気付き、



選べるという自由が
私の中にはたくさんあるのだと、
そう思ったのです。



人がよくいう自由とは
自分の思い通りにならなかったこと
なんじゃないかと。



思い通りなのと、
選ぶことは
別物で、



選べることの自由は
無限大な気がするんですよね。




だから、
私は、今になって、
自分って、結構自由だわ。
と、にやけたりできるのです。



バーさんの相手をするかしないか、
好きなとこに出掛けるか出掛けないか
バーさんの分を買うか買わないか(笑)



ね、結構、自由でしょ?


そうそう、
子供が小さい頃は
もちろん、
時間を奪われて
『私の自由なんてない!!』
って、ムカついてた時も
もちろん、あります。




でもさー。
子育ての期間って、
ほんとに短いのよ。
今だから言えるけど。



子育てをするって選択したのは
自分なんだよね。



それを、
楽しまないのは、
損だよね。


子供がいるから
親にさせてもらってるんだもん。



習い事の送り迎えに
時間を吸いとられ、
毎日の弁当に気力も吸いとられ
それでも頑張れたのは、
やっぱり子供がかわいいから。


子供の笑顔をみたい
って選択を
私はしていたんですよね。


まー今だから、
そう思えるんでしょうけど。



だから、
同居ママさん、子育て真っ只中のママさん、
これから結婚するみなさん、


結婚しても、
案外、自由よ♪



ってことを、伝えたいなぁ。




選べることって、
自由なのよ。きっと。




てちの、ひとりごとでした(*´∇`*)