私たち夫婦は、
子供は2人
は欲しかったので
正しい家族計画をたてていました。
学年は2学年か4学年離すこと。
なぜなら、受験が重なると
金銭的につらいだろうから
という理由からでした。
なので、2月生まれのモンキチ(上の子)
と、2学年離して下の子を出産するには
モンキチ(上の子)が
1才4ヶ月までには妊娠しなければ・・・![]()
という計算でした。
京都旅行
を終え、
子作り
に入りました。
2回ほど、がっかりした生理
をむかえましたが
予定通り妊娠![]()
2才1ヶ月離れての出産予定でした。
そのあたりまでは順調だったのかな、
私の人生も・・・![]()
ポチ(下の子)を妊娠した夏は
稀に見る冷夏で、
梅雨
がちっともあけず、
夏中ずっと涼しかったことを覚えています。
そして、ストレスからなのか
ポチ(下の子)の妊娠中にも大出血![]()
安静を余儀なくされました。
モンキチ(上の子)もいるし
なかなか休めない。
でも、出血
は続いてる・・・。
ってことで
1ヶ月ほど、実家へ里帰りしました。
その秋、義妹がお見合いをするわけです。
そしてバタバタと結婚へと進んでいくのですが
それは以前に義妹編でお話した通りです。
こうしてポチ(下の子)は、
3月に誕生
したのでした。
里帰り出産です。
モンキチ(上の子)が誕生したときは
舅も病院まで見に来たのですが
ポチ(下の子)のときは
舅は病院に来ませんでした。
ただ、退院時には実家へは来ましたけどね。
そのあたりも、私には理解できませんでした。
実はポチ(下の子)
4004gで生まれたのです。
でか過ぎだっつーの。
しかも、おなかが減りすぎて
生まれてきたようでした。
普通、生まれたての子には
ブドウ糖
を与えたりしないそうなのですが
どうにも生まれたてのポチ(下の子)が泣き止まず、
看護婦さんが何気に
与えてみたら
それはもう、すごい勢いで飲み干したんです。
看護婦さんが
「きゃ~!この子、
お腹がすいたから生まれてきたんだ!!」
って、そりゃあもう、興奮しまくってました。
通常の新生児の1ヵ月後くらいの
貫禄があったポチ(下の子)![]()
当然、病院でも、ひときわ目立っていました。
だって、でかいもん・・・。
なので、のみっぷり
もすごかったです。
普通の子なら、十分母乳
で足りたはずなのに
いかんせん、大きい子なので
まわりと同じ量じゃ、当然足りません。
母乳
とミルク
の混合授乳となりました。
退院時に実家に来た鬼姑![]()
私がミルク
も与えていると
「ほれみろ!
やっぱり足り~へんわ!」
と、一言。
出産後は、ただでさえナーバスになっていたり
夜中の授乳で疲れていたりしています。
それなのに、この一言。
ものすごく責められているようで
どうしようもなく泣けました。
でも、こっそりと、
鬼姑たちが帰ったあとで、泣きました。
実家には4月いっぱいまでいました。
ほんとはGWが明けるまで
実家にいたかったのですが
「3月(みつき)がけはいかん!」
という、鬼姑の根拠の無い迷信のせいで
4月に戻ることになってしまいました。
そして、
ポチが誕生して2ヶ月の時がたった頃
私は鬼姑の口から
一生忘れられない言葉を
聞くことになるのです。