前の記事で、「私は嫌われる人間」って書いて、絶賛落ち込み中なんだけれども、
独り落ち込んでいたところで、誰も喜ばないし、いいことないので、
なんでそうなったのか、
ちょっとじっくり振り返っています。
重い話が嫌な人は、読まんと帰ってね。
自分がとっても傲慢で偉そうで、人を下に見てる。
自分じゃそう思ってないのに、
無意識でやってた。
思い当たるのは
子供の頃に言われた母の言葉
「(あんたを無視したり、意地悪する相手は)勉強で見返したらいい」
その言葉の裏の意味もよくわからないままに、
母の言葉通り、素直に母の言うことを聞いて、
勉強することは苦ではなかったので、(あぁ、この言い回しもなんだか偉そうだ)
その通りにしちゃったんだなぁ。
その言葉だけじゃなくて、
母の人に対する考え方も
相手を常にジャッジする見方だとか、
自分の生まれに対するプライド高さとか
(母の生まれた家は、戦前は地主で、先祖は藩の刀鍛冶で、名字帯刀を許された家で、祖母の生まれた家系は江戸時代の藩の家老だった)
子供の頃はお嬢様で、気位が高くて、普通に偉そうだったし。
そんな母の実家は戦後の農地改革で土地を失い落ちぶれていった。
人を下に見る、ジャッジして見るという母のものの見方や考え方も
それがいいか悪いかもわからないままに、
生まれた時から母のベースになっていたんだと、
今振り返ってみると理解できる。
そんな母の考え方がおかしいっていうのに気が付いたのは
私の双子の娘たちが、いじめられた時に
母と同じ言葉を子供たちにかけそうになった時に
初めて気が付いたのだけれども。
それまでの子育ては母のやり方をそのまま踏襲していて
ここままじゃヤバイと感じて
母の子育てのやり方から必死で変えて、
今までやってきた。
だけど、
自分自身の考え方のベースが
母と全く同じで、
自分が嫌っていた母の考え方から
変わることができてなかったというのが
本当に情けなくて。
今回、自分自身のやったことで、こんなにショックだったのは
大切に思っていた仲間の中で、
自分が相手より優れているとか、
自分を大きく見せる必要もない仲間の中で
自分が虚勢張って、マウントとって、
偉そうにして、場の空気を読めずに
色々やらかしてしまっていたことを
指摘されるまで、全く気が付いてなかったこと。
また、やってしまった。
中学時代、一年生の頃と三年生の頃にやってしまった時と
全く同じことをしてしまっていたこと。
全然経験から学習せず、やってしまったこと。
あかんやん、自分。
この時に友達に言われたのは、
「勉強熱心ですごいのに、なんで自分を大きく見せるために、それを使うん?」
って言葉。
自分の興味が湧いたことについて、
知るのが楽しくて、色々調べることが好きで今までやってきたけれど、
他人より上になりたくて、
それがモチベーションで調べたり、勉強していたとしたら、
(自分が小学校高学年から中学時代にかけてやってきてたことやけど)
あかんやんねぇ、自分。
そんなこんなで、自分の自撮りを見直してみると、ドヤ顔ばっかり。
アメブロのプロフの写真、
その中でもドヤ顔のエネルギー乗ってないやつに変更した。
自然体っての、めっちゃ難しいなあ。
独り落ち込んでいたところで、誰も喜ばないし、いいことないので、
なんでそうなったのか、
ちょっとじっくり振り返っています。
重い話が嫌な人は、読まんと帰ってね。
自分がとっても傲慢で偉そうで、人を下に見てる。
自分じゃそう思ってないのに、
無意識でやってた。
思い当たるのは
子供の頃に言われた母の言葉
「(あんたを無視したり、意地悪する相手は)勉強で見返したらいい」
その言葉の裏の意味もよくわからないままに、
母の言葉通り、素直に母の言うことを聞いて、
勉強することは苦ではなかったので、(あぁ、この言い回しもなんだか偉そうだ)
その通りにしちゃったんだなぁ。
その言葉だけじゃなくて、
母の人に対する考え方も
相手を常にジャッジする見方だとか、
自分の生まれに対するプライド高さとか
(母の生まれた家は、戦前は地主で、先祖は藩の刀鍛冶で、名字帯刀を許された家で、祖母の生まれた家系は江戸時代の藩の家老だった)
子供の頃はお嬢様で、気位が高くて、普通に偉そうだったし。
そんな母の実家は戦後の農地改革で土地を失い落ちぶれていった。
人を下に見る、ジャッジして見るという母のものの見方や考え方も
それがいいか悪いかもわからないままに、
生まれた時から母のベースになっていたんだと、
今振り返ってみると理解できる。
そんな母の考え方がおかしいっていうのに気が付いたのは
私の双子の娘たちが、いじめられた時に
母と同じ言葉を子供たちにかけそうになった時に
初めて気が付いたのだけれども。
それまでの子育ては母のやり方をそのまま踏襲していて
ここままじゃヤバイと感じて
母の子育てのやり方から必死で変えて、
今までやってきた。
だけど、
自分自身の考え方のベースが
母と全く同じで、
自分が嫌っていた母の考え方から
変わることができてなかったというのが
本当に情けなくて。
今回、自分自身のやったことで、こんなにショックだったのは
大切に思っていた仲間の中で、
自分が相手より優れているとか、
自分を大きく見せる必要もない仲間の中で
自分が虚勢張って、マウントとって、
偉そうにして、場の空気を読めずに
色々やらかしてしまっていたことを
指摘されるまで、全く気が付いてなかったこと。
また、やってしまった。
中学時代、一年生の頃と三年生の頃にやってしまった時と
全く同じことをしてしまっていたこと。
全然経験から学習せず、やってしまったこと。
あかんやん、自分。
この時に友達に言われたのは、
「勉強熱心ですごいのに、なんで自分を大きく見せるために、それを使うん?」
って言葉。
自分の興味が湧いたことについて、
知るのが楽しくて、色々調べることが好きで今までやってきたけれど、
他人より上になりたくて、
それがモチベーションで調べたり、勉強していたとしたら、
(自分が小学校高学年から中学時代にかけてやってきてたことやけど)
あかんやんねぇ、自分。
そんなこんなで、自分の自撮りを見直してみると、ドヤ顔ばっかり。
アメブロのプロフの写真、
その中でもドヤ顔のエネルギー乗ってないやつに変更した。
自然体っての、めっちゃ難しいなあ。