ここ数日、アダルトチルドレンの自分の振り返り記事をアップしているんですけれど、
FBにリンクをしているんです。

そうしたら、
メッセージが飛び込んできました。

まだ私が自分のことをアダルトチルドレンなんて
思いもしていなかった独身の頃の教師時代の生徒からの
メッセージだったんです。

「いいねも、押さないですけれど、ブログ読んでいます。」と

ありがたいなぁと思いました。

と同時に、

FBにしても、アメブロにしても、
共感を感じられていても、ボタンを押さないでいる読者さんが
たくさんいらっしゃるのではないか、
っていうことに気がついたんです。

自分の親が毒親で、
自分がアダルトチルドレンだったんだ、
という認識をしていて、
まさしく自分の子供時代の頃から思春期、青年期などの
親との関係を振り返り中の人にとっては、
軽々しく気楽に、いいねって押せないと思うのです。
(あ、冒頭のメッセージをくれた教え子の方がそうである、ということではありません)

ブログを毎日書く、という挑戦を12月に入ってから、
やっているのですけれども、
それ以前から、FBの投稿もどんどんするようになりました。

どんどんできるようになったのは
自分の投稿につくいいねの数を
まったく気にしなくなったから

数年前は、このFBのいいねの数を増やすために、
どんな投稿をしたらいいのか、とか
そういうコンサルさんもいてたし、
そこをみんなが目指していた風潮がありました。
いいねの数増やすのには、
自撮りをどんどんあげたらいい、とか、
自撮りが苦手な人のための講座とか、
流行ってました。

だけれど、
それをやっていたら、
息切れして疲弊していったんでしょうね。

そりゃそうです。

めっちゃ人の目意識してますから。

自己ブランディングを上げるために
最高に盛ったプロフィール写真を撮るのを
推奨していた人もいます。

みんな、なんだか
盛り盛りでした。

だけど、
それって虚構なので、
無理してやっている人は
しんどくなってきたし、
見る側からは、嘘が透けて見える
(会った時の、え?全然雰囲気違うやんっていう残念感)
そんなところから、
ブログ発信も、FB投稿も
プロフィールも
等身大を、素のままを出すように変化してきたなぁと感じます。

いいねの数を見なくなって、
(どのような投稿にいいねの数が多いのかは、
すでに、わかっています)
そこに囚われなくなった時に、
数には出てこない人の存在があるんだなと感じています。

最初にお話しした、
いいねのボタンを押さずに、こっそり見てくれている人、
ブログをこっそり読みにいってくれているけれども、
反応を伝えずに読んでいる人、

それは
こちらにはまったく窺い知れることではない数です。
(ブログの場合はアクセス解析があるけれど、
かなりでたらめだと思っています)

その数は見えないから、
人の目を気にするということも
しなくて済むなぁと思いました。

数じゃないんだなともわかってきました。

ブログを書くことや、FBの投稿で、
どうしてもいいねを気にしてしまって
その反応に振り回されてしまうという場合、

見えない読者がいる、っていうこと、
そっちを意識してみてもいいかも。