『秀吉が愛した能舞台』
みなさんいかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。🌸🌸🌸
春の陽気も高まり、身近で素晴らしい文化が詰まった鞆の浦にお出かけはいかがでしょうか。
『祇園さん』として親しまれている広島県福山市にある、由緒ある神社、「沼名前神社」。
そこには立派な能舞台があるのをご存知でしょうか?
なんとその能舞台は、豊臣秀吉遺愛のものということを最近知りました。
(鞆の浦の生き字引、アサヒタクシーのベテランドライバーで観光案内もされていた岩井さんにお話を聞きました)
秀吉は晩年「能」に没頭し、自らの威光を描いた「豊公能」と呼ばれる作品群もあるそうです。
画像はイメージです
伏見城の中にあった能舞台がなぜ鞆の浦へ?
能の中に自らの人生を投影した晩年の秀吉。
その華やかさの影に潜む孤独を、なぜか感じます。
この能舞台は、伏見城内にあったものを、伏見城解体のとき、福山藩主水野勝成が徳川2代将軍秀忠から拝領。
後に沼名前神社に寄進されたものだそう。
(福山藩主水野勝成は実は家康のいとこ。徳川家との縁は深かったのでしょうか。)
(参照:ふくやま観光・魅力サイト 歴史と鞆より)
栄華を誇った秀吉の天下。美しき権力の象徴だった伏見城も、戦乱の中、いくつもの悲劇と血に染まりました。
そして、天下は徳川家康の手に落ちます。
関ヶ原の戦い後、伏見城は徳川家康により修復されました。
しかし、泰平の世の到来で誰も使わなくなった伏見城は必要性がなくなり、元和9年(1623年)に3代将軍家光の拝任式の後、ついに取り壊されたとされています。
そのような、歴史の流れの中で、伏見城の遺構があちこちに拝領されたということなのでしょうか。そのような、思いと歴史が染み付いた京都伏見城の能舞台が鞆の浦、沼名前神社にひっそりとあります。
写真:伏見桃山城
現在、京都市伏見区には伏見桃山城が建っています。
伏見桃山城は、20世紀に建てられたものなので、豊臣秀吉の築いた伏見城とは別物です。
日本で唯一現存する移動式能舞台
現在沼名前神社にある能舞台は、組み立て式ということで、現在は固定されているようですが、日本で唯一の移動式ということで、国の重要文化財に指定されています。
(写真:ふくやま観光・魅力サイト 歴史と鞆より拝借いたしました)
《お問い合わせ》
鞆の浦で運行するグリスロ潮待ちタクシーは、鞆の浦の観光コースをめぐるモデルコースをご用意しております。
沼名前神社までは、歩くと距離がありますが、グリスロでは本殿のある境内までお連れいたします。
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グリスロ専用お問い合わせ(運行時間9:00-18:00)
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