結構前の話ですが、

映画「国宝」をみました。




仕事帰りに何となく時間がちょうど良く合って

フラッと入った感じだったので、

原作を読まずに行ってしまいました。

(原作のある映画は基本、読んでから観ることが多い)





色んな事が、気軽に経験会得体感した気になれる

だけど身を削ってそれこそ血反吐を吐いてしかたどり着けない人生の人間の、フェーズ

その境地に足を踏み入れた者にしか見られない

景色が絶対にあって


それはやっぱり悪魔と取引(見事すぎる比喩)するようなものなのかも


仕事でも何でも、普通にこなす、この先に思い切り踏み込むことがあって、景色が一変することがある


奇跡的な巡り合わせと自身の神がかった能力スイッチが入るとき。

当然のことながら、そのスイッチが入る条件は、圧倒的研鑽と努力なんだけれども。






感想としては、

素晴らしかった。


役者さんが皆、素晴らしかった






喜久雄の青年時代を演じた黒川想矢さん

グイグイ引き込まれた。




演技も映像も構成もとても惹かれました。


で、

思ったことは、


やっぱ、

原作読まないとだわ。



きっと更に内面に迫ってくるものがあるに違いない。


あと、


春江と俊介の間にもっとなんか

あったよね??

そうなるまでに色々あったね??

春江と喜久雄も

もっと色んな交錯があるね???


春江少女期根本真陽さん

この人もすごかった


細やかで苦しい(に違いない)内面の描写もあるね??




万菊さん

もっと深いストーリー背景あるね??





原作読まないと真顔




ちなみに、

「火喰い鳥を、喰う」は観ないことにしました。

やっぱり指差し





自分以外の人の内面は分からない。


内面や思考の結果として表出される言動や人となりから、自分の持ち合わせる語彙や思考をもって、想像したり、向き合ったりしている

人がたどった道すじや思考、思いは本人以外絶対に分からない。


私にとって、小説は、そういう自分以外の人の内面の機微に触れることができるという、

本当にすごいモノ


視覚的情報がない分、作家の紡ぐ言葉であらゆる情景、内面、思考、心の動きが、文字情報としてつまっていて、


自分の語彙力、思考力のキャパに関係なく、(自分ではたどり着けない)はるかに広く遠く高く深い思考、情景、景色を、見せてくれる。


自分以外の人生を追体験することができる




演技や、映像は

視覚的情報だけで、その内包するドラマを表出して迫ってくることがあって、

それは受け手側の想像力次第な事が多いけれど、

やっぱりすごいエンタメだと思う。


そういう意味で、泣かされた「国宝」

役者が、演出が素晴らしかったです


小説、映画、

どちらも別物の文化として

好きです。




原作読まなくちゃ真顔