七夕の時でもお話しようと思っていたお話なんですけどね。

こんな経験ありません?

たとえば・・・・・・・。

(車の運転の練習などで車庫入れの時に)ぶつかりませんように!・・・・・・で、結局ぶつかる。
間違えませんように!・・・・・で、間違える。
授業中先生にさされませんように!・・・・・で、さされる。


で、この世に神様なんていない!願いことなんて叶わない!と、
のろったことがある方も少なくないんじゃないかなと思います。

でも、これではその願いを聞いてたであろう人・・・・願いをかなえてくれる人、
仮称で神様としておきましょう・・・・は、さかうらみもいいとこだと
思ってるでしょうね。

彼らの言い分としてはこうです。

だって「ぶつかる」っていうから、ぶつけてあげたんだよ。
「間違える」っていうから、まちがいに導いたんだよ。
先生にさされるっていうから、さされるようにしてあげたんだよ。


・・・・・そうなんです!!
深層心理というところに住んでいるといわれる、その願いことをかなえてくれる人、
ここでいう神様(仮称)には、否定語は通じないのです!!

「~~しない。」「~~じゃない。」「~~しませんように。」
という言葉は彼らの辞書にはないのです。通じないのです!!
(キャ~~~恐ろしい(><))

なので、
『間違えませんように』といったら『間違える』
『ぶつかりませんように』といったら『ぶつかる』
になってしまうのですよ、おそろしいことに!(ひえ~~~~!)

んでもって、彼らはさらにこうつづけます。

そういいながらその光景をしっかりイメージしてるじゃないかぁ!!!!

そうですね。
「ぶつからないように」といいながら、
ぶつかった時の光景や情景、
その時の気持ちや、その後起こるであろう光景とその気持ちまで
し~~~っかりと想像してイメージしてますもんねぇ~。

ぶっつかって、失敗した恥ずかしい気持ち、ぶつかった時からをぶつけた痛み
そして、その後誰かに怒られたり、注意されたり、頭をさげて必死にあやまって・・・・・。

そこまで具体的にかつはっきりイメージしてたら、叶えずにおけない!!

・・・・・っというのが彼らの理屈なんです。

お気づきのとおり、僕らは自分の成就して欲しい願いをいいつつも
成就して欲しくない願いを強くかつ具体的に情景からその時の気持ちまで
イメージしてしまっているんですね。

そこにきて否定語は通じないときてますから、結果は成就して欲しくない結果が
出てきてしまうわけですね~。

ですから、先のような場合も
ぶつかった時ではなく、うまく出来た時・・・・車庫入れがスムーズにできた時を
イメージすればいいわけですね。

車庫入れがスムーズに出来た!物事が手際よくスムーズに片付くって
とてもキモチイイ!!!できることがまた一つ増えた!うれしい!!


(車の運転の練習などで車庫入れの時に)まっすぐ入りますように。
きちんと車庫に入りますように。

正しくできますように。 正しい方法(手順)でできますように。

授業中先生は○○さんをさします。
(↑これは、ちょっとあやしいですが・苦笑)



なので、僕も
<<<<<皆様に健やかで楽しい時間がたくさん訪れますように>>>>>
<<<<<健やかで楽しい時間を提供できますように>>>>>>

っと願うことにします。


そういえば・・・・・・世界的に有名なある女性がこういったそうです。

私は戦争反対の運動には参加しない。でも、平和運動には参加する
・・・と。
誰だったかしら??