近所の いつも仲良くしている5歳になる幼稚園の女の子が、僕の顔を見るなり泣きながら抱きついてきました。
友達と喧嘩して、 本当に心が痛くなったって。 たもんちゃんどこにキズバンド貼ればいいか、お願い教えてって。
大丈夫だよ
多聞ちゃんがね、 大きな大きなキスバンドになってあげるって言って、 しばらく抱き上げて、抱きしめてあげたんだ。
尊敬する 九州の音楽の先生 のりちゃん いつも素敵な写真をありがとうございます。いつも 何気なくのせている のりちゃんの写真にポエムを書いてみました。
正直に言うと僕が一番好きな芸術は 美しい日本人の 女性の体のラインかもしれません 本当 美しいですよね
人は
目に見えないものを信じようとはしない
まして
信じることの出来ないものを
垣間見ることなど出来ようか
一番大切なものは
目には見えない
実体のないもの
意志と表象と現象と
その羅針盤こそが「愛」
多聞

愛、愛情、、、誰もが真剣に考えたことのあるテーマですね。
ここで私が昔から大好きで、今でも読み返す絵本を紹介させてください。
放浪のヒッピー作家、アメリカのシエル・シルヴァスタインさんが書いた絵本。題名は「大きな木」(要約)
むかし おおきな おおきな りんごの木がありました。りんごの木は、ひとりのチビッコと大のなかよし。ちびっこも木がすきでした。
チビッコは まいにちやってきて、えだにぶらさがったり、はをあつめたり、りんごをたべてあそびました。チビッコは 木がだいすきです。
だから 木も うれしかった。
じかんがすぎて、チビッコは すこし おとなになりました。しばらくぶりにやってきた チビッコは おかねがほしいと いいました。 木はありっだけのリンゴをチビッコにあげて、チビッコは、それをおかねに かえました。
木は それで うれしかった。
またしばらくして チビッコがやってきました。こんどは おうちがほしいといって、えだをぜんぶ きっていきました。つぎにきたときは、とおくに いくのに ふねがほしいといって 木のみきをきりたおしました。
木は、それで うれしかった。
ながいじかんが すぎて としをとった チビッコがかえってきました。木が そのおとこのひとに あたえられるものといったら、ふるぼけた きりかぶしかありませんでした。おとこのひとは その きりかぶにすわって ためいきをしながら やすみました。
木は、それで うれしかった
(「大きな木」/シエル・シルヴァスタイン作/篠崎書林/訳:本田綿一郎)

私は、今までの人生の中で何人かの女性に「I love you 」を伝えたことがあります。真剣に魂のすべてをかけて告白しました。胸が熱く、その場から逃げ出したくなるような瞬間でした。
しかし、今になって振返って見ると、その言葉の奥底には「Love me like I love you 」(僕が愛するように貴方も愛して!)が、少なからずあったように感じています。

春の入学シーズンになると。ピカピカの一年生は、その体と比べてずいぶん大きなランドセルを背負い、希望に胸を膨らませてフラフラしながら登校していくことでしょう。
不安と期待のなか、子供を励まし応援する、おとうさん、お母さん。その後ろ、切ないまでの表情で孫を見送る、おじいちゃんとおばあちゃんがいます。近所でも見かけることのできる場面かもしれませんが、「Love me like I love you 」は、そこにはありません。
愛情の形とは、どんなものでしょう?愛する心とはどこにあるのでしょう?
私は最近になって、このように感じるようになりました。
貴方が心から愛する家族が病気をしたり怪我をしてしまったら、貴方は幸福でいることが出来るでしょうか?また、前出したようなご近所の家族に同じことが起きてしまったら、貴方は心安らかですか?不安と心配を抱いてしまいますね。そこには少なからずあなたの愛情が生きているのです。
この方程式をもっと広げてはみませんか?
貴方の住む地域社会の子供たちや老人が、不都合に悩み苦しんでいて、自分の確かな幸福を構築することが出来るものでしょうか?世界ではものすごい数の子供たちが病気や飢餓で苦しみ、幼い命を落としていきます。戦争も終わることはありません。いつも苦しむのは老人と子供たちです。
「そんなこと、関係ない」、「勝手にすれば」と言っていた子供たちが成長して、今までに体験したことがないような凶悪事件を起こしています。
ユングは、人類の心の深層は、すべからく繋がっているのだと訴えています。釈迦は「慈悲」を説き、キリストは「隣人愛」を説いています。
いずれの偉人達も目指したものは人の行ないによって達成しうる社会の繁栄と、その上に成り立つことの出来る自己の実現ではないでしょうか。私の大好きなジョンレノンも「イマジン」のなかで人類の普遍的関係を語っています。
いったい、身近で素敵な愛の形はどこにあるのでしょうか?私は、思い続けることが大切ではないかと感じています。「思う」という人間のリアリティはいつの日か形を形成して行動という正義に変わると信じているからです。
貴方の出来る範囲の心配をどこかに広げて見ませんか?時間はきっとかかるけれども、家族に、地域に、そして世界に、いつか貴方の愛情が染み渡っていくことでしょう。
願いは祈りに。祈りはいつか行動へ。変化を遂げていくものです
僕と北海道のシンガーソングライター素敵な 宍戸健さんとのコラボレーション作品は30曲を超えました
愛、愛情、、、誰もが真剣に考えたことのあるテーマですね。
ここで私が昔から大好きで、今でも読み返す絵本を紹介させてください。
放浪のヒッピー作家、アメリカのシエル・シルヴァスタインさんが書いた絵本。題名は「大きな木」(要約)
むかし おおきな おおきな りんごの木がありました。りんごの木は、ひとりのチビッコと大のなかよし。ちびっこも木がすきでした。
チビッコは まいにちやってきて、えだにぶらさがったり、はをあつめたり、りんごをたべてあそびました。チビッコは 木がだいすきです。
だから 木も うれしかった。
じかんがすぎて、チビッコは すこし おとなになりました。しばらくぶりにやってきた チビッコは おかねがほしいと いいました。 木はありっだけのリンゴをチビッコにあげて、チビッコは、それをおかねに かえました。
木は それで うれしかった。
またしばらくして チビッコがやってきました。こんどは おうちがほしいといって、えだをぜんぶ きっていきました。つぎにきたときは、とおくに いくのに ふねがほしいといって 木のみきをきりたおしました。
木は、それで うれしかった。
ながいじかんが すぎて としをとった チビッコがかえってきました。木が そのおとこのひとに あたえられるものといったら、ふるぼけた きりかぶしかありませんでした。おとこのひとは その きりかぶにすわって ためいきをしながら やすみました。
木は、それで うれしかった
(「大きな木」/シエル・シルヴァスタイン作/篠崎書林/訳:本田綿一郎)

私は、今までの人生の中で何人かの女性に「I love you 」を伝えたことがあります。真剣に魂のすべてをかけて告白しました。胸が熱く、その場から逃げ出したくなるような瞬間でした。
しかし、今になって振返って見ると、その言葉の奥底には「Love me like I love you 」(僕が愛するように貴方も愛して!)が、少なからずあったように感じています。

春の入学シーズンになると。ピカピカの一年生は、その体と比べてずいぶん大きなランドセルを背負い、希望に胸を膨らませてフラフラしながら登校していくことでしょう。
不安と期待のなか、子供を励まし応援する、おとうさん、お母さん。その後ろ、切ないまでの表情で孫を見送る、おじいちゃんとおばあちゃんがいます。近所でも見かけることのできる場面かもしれませんが、「Love me like I love you 」は、そこにはありません。
愛情の形とは、どんなものでしょう?愛する心とはどこにあるのでしょう?
私は最近になって、このように感じるようになりました。
貴方が心から愛する家族が病気をしたり怪我をしてしまったら、貴方は幸福でいることが出来るでしょうか?また、前出したようなご近所の家族に同じことが起きてしまったら、貴方は心安らかですか?不安と心配を抱いてしまいますね。そこには少なからずあなたの愛情が生きているのです。
この方程式をもっと広げてはみませんか?
貴方の住む地域社会の子供たちや老人が、不都合に悩み苦しんでいて、自分の確かな幸福を構築することが出来るものでしょうか?世界ではものすごい数の子供たちが病気や飢餓で苦しみ、幼い命を落としていきます。戦争も終わることはありません。いつも苦しむのは老人と子供たちです。
「そんなこと、関係ない」、「勝手にすれば」と言っていた子供たちが成長して、今までに体験したことがないような凶悪事件を起こしています。
ユングは、人類の心の深層は、すべからく繋がっているのだと訴えています。釈迦は「慈悲」を説き、キリストは「隣人愛」を説いています。
いずれの偉人達も目指したものは人の行ないによって達成しうる社会の繁栄と、その上に成り立つことの出来る自己の実現ではないでしょうか。私の大好きなジョンレノンも「イマジン」のなかで人類の普遍的関係を語っています。
いったい、身近で素敵な愛の形はどこにあるのでしょうか?私は、思い続けることが大切ではないかと感じています。「思う」という人間のリアリティはいつの日か形を形成して行動という正義に変わると信じているからです。
貴方の出来る範囲の心配をどこかに広げて見ませんか?時間はきっとかかるけれども、家族に、地域に、そして世界に、いつか貴方の愛情が染み渡っていくことでしょう。
願いは祈りに。祈りはいつか行動へ。変化を遂げていくものです
記念すべき コラボレーションの 最初の曲と そして最新の曲を 2曲あなたへプレゼントします
どうか僕たちと哲学をご理解ください どうぞお願いします 伝えたいことがあるんです
初めてのコラボレーション
挽 歌
作詞 松尾多聞
作曲 宍戸 健
やがて花は咲き誇り
人は春に身をやつす
満たされし大地の血液よ
彼の戦場に春を伝えてよ
嗚呼 苦しみに生きる人
別離と病の友人よ
めぐる夢は遠くかすみ
足音だけを残してゆく
嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ
叫びはいつか風となり
届き我が呼吸となる
遠く離れし大地にも
伝わり響いてくるよ
嗚呼 苦しみに生きる人
春詩は必ず流れ来る
めぐる夢は風に乗り
いま世界にこだまする
嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ
いさかいに挽歌を歌うその声は
母なる地球に響き渡る
嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ
嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ
やがて花は咲き誇り
人は春に身をやつす
満たされし大地の血液よ
彼の戦場に春を伝えてよ
嗚呼 苦しみに生きる人
別離と病の友人よ
めぐる夢は遠くかすみ
足音だけを残してゆく
嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ
叫びはいつか風となり
届き我が呼吸となる
遠く離れし大地にも
伝わり響いてくるよ
嗚呼 苦しみに生きる人
春詩は必ず流れ来る
めぐる夢は風に乗り
いま世界にこだまする
嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ
いさかいに挽歌を歌うその声は
母なる地球に響き渡る
嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ
嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ
やがて花は咲き誇り
最新のコラボレーション
コスモス
最後の言葉
作詞 松尾多聞
作曲 宍戸 健
1.今はいないあの人の
優しさに例え摘んだ
コスモスにとまって
羽を休める赤とんぼ
あなたが生まれて
出会ったことで
感じる心を知りました
願うことと信じることは
同じ意味だと知りました
時には空で流れる雲で
あの太陽で降る雨で
いろんな姿で私のこと
守ってくれてありがとう
2.丘の上から見える海
傾き沈む夕日を見つめ
抱きしめられたコスモスと
涙こらえた帰り道
あした私は嫁ぎます
朝の光に間に合うように
せめて花を飾りましょう
最後に頬を染めましょう
ちょっと猫背で 垂れた目で
はにかみながら 笑った人
命をかけて好きでした
生まれてくれてありがとう
3.首をかしげる赤とんぼ
私の涙に不思議そう
空を映して見つめては
やかて私もはばたこう
あした私は嫁ぎます
朝の光に間に合うように
せめて花を飾りましょう
最後に頬を染めましょう
時には空で 流れる雲で
あの太陽で 降る雨で
いろんな姿で私のこと
守ってくれてありがとう
命をかけて好きでした
生まれてくれてありがとう・・
祈ることは信じること
そして愛とは想像の力です
今日も来てくれてありがとう
いつも僕は皆さんのことを想像して愛して そして そして祈ることをやめることがありません
なぜならみんなが幸せになれないと いけないからだよ
今日もみんなありがとうまた来てね
バイバイ
氷 結
tamon&ken2021.1
詩 松尾 多聞
曲・歌 宍戸 健
風が吹くのは海が凍るから
留まる寂しさに耐えかねて
夢を見るのは鳥が舞うから
人はいつか青雲を見上げる
恋をするのは心が乾くから
愛を求めて自分の泉を知る
風よ風よ私をここに留めてよ
何もかもをこのまま置き去りにして
人がいつも歩くのは夢のため
優しい風にいつか出遭うため
ヒュルルー吹きすさぶ
この心の中にも
暖めてくれるのはあたらしい風だから
今はただ 待ち続けるだけ・・
風よ風よ私をここに留めてよ
何もかもをこのまま置き去りにして
人がいつも歩くのは夢のため
優しい風にいつか出遭うため
風が吹くのは海が凍るから
留まる寂しさに耐えかねて
夢を見るのは鳥が舞うから
人はいつか青雲を見上げる
恋をするのは心が乾くから
愛を求めて自分の泉を知る
風よ風よ私をここに留めてよ
何もかもをこのまま置き去りにして
人がいつも歩くのは夢のため
優しい風にいつか出遭うため
ヒュルルー吹きすさぶ
この心の中にも
暖めてくれるのはあたらしい風だから
今はただ 待ち続けるだけ・・
風よ風よ私をここに留めてよ
何もかもをこのまま置き去りにして
人がいつも歩くのは夢のため
優しい風にいつか出遭うため








