天神を上げる | チンドン屋を愛する居酒屋のママ

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滑川町でタコ焼きで飲める居酒屋、東松山農産物直売所でフードコートの店を営業 ボランティアでチンドン屋をやり店でライブ♫やってます 孫が9人、室内飼い猫6匹、夫が1人います(笑)

三味線には色々種類があり

津軽、民謡、長唄、小唄、端唄など

棹の太さが違い、弾きかたが違い

音が違います


三味線はもちろん弦楽器ですが

棹が太い津軽三味線は

バチを叩きつけて弾くので

打楽器の部類になりますびっくり


私は子供の頃から

なぜか三味線の乾いた音が大好きで

フジテレビの「素人民謡名人戦」など

熱心に見ていました


高校生になると

どうしても三味線を弾きたくなり

「三味線を習いたい」と母に言ったら

「そんなにあれこれやってどうするの」

と簡単に却下されましたチュー


確かに高校生のときは

4歳から習っていたエレクトーンは

もうやめていましたが

家では趣味で弾いていて

学校でマンドリン部に入っていて

学校とは関係なく地元の

「調布市青少年吹奏楽団」に入って

サックスを吹いていました


高校生活は部活と吹奏楽団と

調布駅前のスーパーの地下食料品売場の

肉屋のアルバイトに明け暮れていたので

母にそう言われても仕方ありません


それで高校を卒業して銀行に就職して

自分で月謝を払えるようになったとき

中野区沼袋の師匠のとこで

三味線を習い始めました


そのとき付き合っていた

1歳年上の鳶職の彼氏に

10万円の花梨のお稽古用の三味線を

買ってもらいましたてへぺろ


3年後に名取になったときは

親に名取の費用30万円を

出してもらいました

偉そうなことを言っていても

なんでも人の世話になるちゃっかりした

末っ子気質でありますてへぺろてへぺろてへぺろ


1982年5月27日…41年前!びっくり

東中野の日本閣にて名取式の写真です

私21歳

家元31歳


アルバムの名取式の写真の次のページに
三味線の会の旅行の写真もありました指差し

名取になったので
一応私は三味線の名前もあります
「柏木崇穂」(かしわぎたかお)
しかしこの師匠は今も健在ですが
三味線はすっかりやめて
写真家なんぞやっているので
私の三味線の名前は何の価値もありませんびっくり

私が習っていたのは民謡と端唄

師匠は特に西の地方の民謡が好きでしたので

津軽や東北とは無縁でした


おととし還暦の祝いに

子供たちに太棹の三味線を買ってもらい

初めて津軽三味線の世界に入りました


そこで私を悩ませたのが

三味線を持つ姿勢ですびっくり


三味線には一番上に

天神というところがあります


津軽三味線奏者は
天神を自分の頭より上に構えます
(YouTubeより)


しかし私がやっていた民謡は
天神はそんなに高く持ち上げません
(こちらは長唄の方です)


それでいつも楓の会の練習のとき

先生に「早川さん三味線下がってるよ」

と注意されます


でも天神を上げると腕が疲れて痛くなり

だんだん下がってしまいます

ずーっと上に上げていられません


なおちゃんは最初から津軽三味線を

習っていたので

天神を高く上げるのが当たり前で

痛くもならないそうです


先日の投げ銭ライブの

へぶんさんが録ってくれた動画を見たら

両脇のSさんとなおちゃんは

きれいに天神が上がっていて

真ん中の私だけ下がっている

やっぱりカッコ悪いな~

これからは気を付けなくちゃ

(^o^ゞ