仕事が終わった姉も来て
後日姉に病院に持っていってもらう
叔母の身の回りのものを用意していました
もうここに叔母が戻ることはないのかねと
姉と話ながら家の中を見回していたら
電話台の下の段に大学ノートが5冊
子供もいない叔母でしたので
家の中に大学ノートというのが
妙に不思議な感じで手にとってみたら

晩年に書いていた日記でした
それが最初から最後まできちんと
ノートを使いきってビッシリ!
ちゃんと漢字も使っている!

超意外でした!
叔母がこんな日記を書く人とは
思わなかったのです
年賀状やっかいだわ~なんて言っていたし
本当にビックリです
兄貴(私の父)の家にお線香をあげにいくのに
文明堂のカステラ(父の好物)を買ったとか
毎日その日に使ったお金が
書いてあります

お正月に私の実家に行ったら
チビちゃん(あやぷん)も来ていたから
お年玉を作っていってよかったと書いてある

つい引き込まれて読んでしまいました
なぜ引き込まれたかというと
すべて明るい内容だからです
私の実家に行くとお料理が美味しかったとか
6月に亡くなった父の末妹の家では
甥や姪がきて楽しかった
よく散歩をしていたことも初めて知りました
野川を歩いていたら鴨が可愛かった
誰かと会って立ち話して楽しかった
姉が「うちのお母さんも日記みたいなのが
実家の片付けしていたらあったけど
人からもらっものにケチをつけたり
誰かの悪口ばかりで捨てたよ」
と笑っていました
私の母は超ネガティブ人間で
朗らかな顔をしていたことがありません
(外面はいいので
人前ではニコニコしています)
亡くなった父は
「カラスが鳴かない日はあっても
おっかあが愚痴を言わない日はないな」
とよく言っていました
母方の祖父は神経症で入院したり
していたそうです
明治生まれの人が昭和初期に
病院に入るなんてよほどのことと思います
母方の祖母と母の末弟は自ら命をたちました
母もいつも心配症で愚痴っぽく
私が子供のときも通知表をもらってくると
座らされて延々と説教でした
いいところを誉めてくれたことありません
横から父が「親を恨むなよ」とふざけて
怒られていました
私の姉も二十歳頃何か悩みがあって
1週間でみるみる7㎏も痩せて
(今はとんでもないですが
)'
母や私が心配したことあります
私にはネガティブ思考はみじんもなく
何があっても「死にゃあしねえよ」
が口癖で神経を病むことは全くありません
人並みに色々ありましたが
明日は明日の風が吹く
そして私の最大の特徴は
「自分が悪いと思ったことない」です
ネガティブな人は
「自分が悪い」「自分なんか」と
思ってしまうそうですが
私はありえません
私は完全に父方の性格だと思います
でも叔母の日記に
「家に帰ったらまた1人になった」とか
「野川を歩いていたら寂しい気になった」
なんてとこがあり
叔母が70代や80代のとき
もっと会いに行けばよかったなと思いました
その頃は私も子育てと仕事とで
いっぱいいっぱいだったからな~(>_<)
昨日の朝もコンビニで買っていったもので
朝ごはんしていたら
「今日は一緒に食べる人がいて美味しい」
と嬉しそうでした
叔母の家にあった写真
このメンバーを見ると撮ったのは私だな
左から母、姉、叔母、父、義兄、コウチャン
こういう写真を撮っているときは
永遠にこの時が続くと思っているんだよね
90歳の叔母は昨日入院しました
コロナが早くおさまって
面会が自由にできるまで長生きしてよね!

