奇跡の一本松 | チンドン屋を愛する居酒屋のママ

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滑川町でタコ焼きで飲める居酒屋、東松山農産物直売所でフードコートの店を営業 ボランティアでチンドン屋をやり店でライブ♫やってます 孫が9人、室内飼い猫6匹、夫が1人います(笑)

チンドン祭りも無事に終わり
昨日はまた9時間かけて
埼玉に帰るだけの1日でしたが
せっかくあやぷんが
初めて東北に来たのですから
少し寄り道をして帰りました

チンドン祭りの会場となっている
大船渡のリアスホールは
海岸よりちょっと離れていますので
本州のド真ん中を走っている東北道から
リアスホールへは山道です
そして着いた日も本番の日も
何の観光もせず
ひたすらチンドンチンドン♪ですので
海を見せてあげようと
海岸に向かいました

車の窓から海が見えて
みんなで感激しました
(3人とも海のない県民ですのでニヤニヤ)

海だ海だ~♪とはしゃいでいた私たちですが
陸前高田市に入り
津波で建物がなくなって
更地が続くところになると
なんともいえない重苦しい気持ちに
なってきました

それでも新しい建物が並び始めていましたが
回りに何もないところに
突然建っているアパートがありました

車を停めて降りて見ました
5階建てのアパートですが
4階まではベランダの手すりも窓枠もなく
中もすさまじく荒れています
そして5階だけはきれいなまま

5階のベランダの真ん中に
津波がここまで来たという
赤い線がありました

あやぷんは初めて地震や津波の恐ろしさを
目の当たりにして無言で見上げていました

そのすぐ近くに
やはり津波で大被害にあった
道の駅があります

荒廃した道の駅の前に
元々の写真が展示してありました
おしゃれな建物の楽しそうな写真
畑で採れた野菜を販売したり
私のように加工食品を作っている人が
お弁当やおまんじゅうを並べていたであろう
そのときの姿が見えるようです

入り口のアーチや三角の屋根など
津波で持っていかれてしまったんだね
と話しながら
あやぷんは持参していた使い捨てのカメラで
写真を撮りました

津波の水位を記した赤い線が
あんな高いところにある
本当に想像できないことです

そして道の駅の駐車場には
東日本大震災の記録を残した
震災の資料館があり
中に入りました

陸前高田市の7万本あった
高田松原の松がほとんど流されて
こんなに立派な根が張ってあっても
流されてしまったということで
展示されていました
あやぷんはまた写真をパチパチカメラ

パネルなど熱心に見て
○○は○○なんだって!とか
なにやら色々言っていました

外には追悼施設があり
地元の方から外国の方まで
たくさんの手紙や献花が並んでいました

千羽鶴にたくさん手紙がつけてありました


そしてほど近いところにある
高田松原で一本だけ残った
「奇跡の一本松」

七万本も流されたなかで
一本だけ残った奇跡の松です
しかし結局根が腐ってしまい枯れました

それでも震災の復興の象徴の
モニュメントとして残そうという声が上がり
腐った根を腐敗処理して心棒を入れ
枝葉を複製しました

その作業には多額の費用がかかり
保存の是非を巡って
賛否両論の意見がかわされました

この奇跡の一本松の複製に
多額の寄付をされたのが
アンパンマンの作者として有名な
やなせたかしさんです

子供の頃から何をやっても
他人に勝てなかった自分が
漫画を一生懸命描いているうちに
気がついたら同年代の友達より長生きして
90歳を過ぎて回りに誰もいなくなっても
頑張っているという自分の姿が
奇跡の一本松と相い通じるところがあり
惹かれたそうです

あやぷんもアンパンマンが大好きですので
やなせたかしさんのこともよくわかり
奇跡の一本松は胸に刻まれたようです

そして車は宮城県気仙沼市に入り
次に寄ったのは「早馬神社」
良縁や安産を祈願する神社です

こちらは海抜12メートルの高台にある
神社ですが
やはり拝殿、社務所が2メートル浸水し
下に見下ろす地区周囲300メートルは
すべて瓦礫になったそうです

復興と幸せを祈願して馬を撫でました

東日本大震災のときは3歳だったあやぷん
あやぷんは記憶にないでしょうが
私たちは今でもはっきりそのときのことが
思い出されます

埼玉も震度5強で
今までに経験したことない揺れでした
看護師をしていたりんごちゃんは
あやぷんが心配で職場の人に何も言わず
脱兎のごとく病院を飛び出して
保育所にあやぷんを迎えに行って
2人だけで家にいるの恐いからと
私たちと一緒にたこえもんにいたっけ(((^_^;)

そのときの記憶はないあやぷんですが
今まで話に聞いたりテレビで見たことで
少し知っていた大震災を
心に刻んだ昨日だったようです