今日はうちの双子が土曜日だけ行く日本語補習授業校(補習校)で授業参観があった。




このクラスは児童数20人。

補習校は半官半民の学校で、世界中、まとまった数の日本人が住むところには補習校がよくある。アメリカだけで70校近くあるらしい。


先生方はたいていが超ベテランで永住の人がほとんど。


参観は1時間目。

「起立、礼、着席」

日直の懐かしい号令で国語の授業が始まった。





補習校の児童達は月曜から金曜まではアメリカの小学校に通っているので、滞米年数が2,3年を超えると、友達とはもう英語で話をするようになる。うちの双子は当然英語。




授業では草野心平の「春のうた」を勉強した。


「うれしいなとありますが、誰がうれしいのでしょう?」

先生の問いにパラパラと手が上がる。

授業参観の時は皆非常に大人しい。

先生によると、うちのクラスは「うるさい」そうだ。

「元気がある」や「賑やか」でないのがちょっと気に掛かる。





子供達が答えた詩の話者の候補を先生が書きだしていく。


質疑応答を交えて実にゆったりとした授業で、まるで夏の体験入学の時に参観した日本の小学校のようだった。参観用にゆっくりと進んでいるのかなと勘繰った。

補習校はなにせ授業の進度が早く、年間45回の授業で国語と算数の教科書を最後までやってしまう。勢い宿題が多く、親の積極的な参加が必要となる。


詩に出てくる「いぬのふぐり」という雑草を先生はわざわざ持って来てくれた。土曜だけの授業だが、補習校の先生方は平日に5~10時間を準備の為に費やすそうである。好きでなければとても勤まらない仕事。


詩の解釈が終わって、音読の時間になった。

ジーニィが2人目に指名された。




苦手な漢字がなかったので、ジーニィはとても上手に読んだ。補習校で演劇を何度もやっているので、彼女は感情を込めて読むのがうまい。


「リオ君、どう?」と先生に言われて、リオは首を振って固辞していた。

どういうわけかもう一度お鉢が回って来て、今度は逃がしてもらえなかった。




口をもぞもぞ動かしながら、蚊の鳴くような声で、と言うよりも、僕にはほとんど聞こえなかった。先生が、助け舟を出していたので、多分まともには読めなかったのだろう。彼は平仮名を意味を汲みながら読むのが非常に下手である。家での音読の時は1ページを読むのに丸5分くらい掛かる事も珍しくない。


二人とも補習校がとても嫌いで、そんな彼らに多くの宿題をさせるのは辛い仕事だ。

もう4年生だが、1年生の時から僕が自分に問い続けている答えは未だに出ていない。


彼らにとって本当に日本語は必要なのだろうか?

これは親のエゴではないだろうか?


いつかは答えが出るのだろうか?


彼らが宿題の辛さに涙を流す度に、この質問が僕の胸を刺す。



Takaya


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