僕は大阪生まれの大阪育ちです。
生まれてからずっと大阪弁をしゃべっています。
うちの双子もこちらで日系幼稚園に行くまでは、奇麗な大阪弁をしゃべっていました。奇麗な、というのは、訛っていない大阪弁、つまり、コテコテの大阪弁、という意味です。
当然のことながら、僕は男言葉で話します。それを聞いて育った娘のジーニィもその言葉を真似ます。
大阪では、男は「お尻」とはまず言わず、「ケツ」と言います。行列かなんかで、「後ろの方」と言いたい時は、「ケツの方」と言います。僕は小学生の時、父親によく、
「お前、ちゃんと勉強してんのか?成績、ケツから数えた方が早いんちゃうやろな?」とか、言われてました。
ところで、大阪弁では、「痒い(かゆい)」と言うかわりに、「かい」と言います。
「あ~、蚊ぁにかまれて、かいわ~。あ~、かいかい」という風に使います。こんな時相方は、
「あんた、そんなかいたら、血ぃ出てくるから、やめとき~な~」みたいに応じます。
さて、解説が済んだところで、本題です。
ジーニィがまだ日系幼稚園に入って間もないころ、友達の家でプレーデートをしていたました。彼女は、「ジーニィ、お尻がかゆい」と言うかわりに、「ジーニィ、ケツ、かい」と言ったそうで(僕はその場にいなかった)、お上品なそこの奥様があとで僕に、
「ジーニィちゃん、けつ、かい、って言ってましたから、お尻がかゆい、って言うのよと訂正しておきました」と報告して下さいました。
まあ、そんな感じの子供達だったのですが、幼稚園に入ってから、彼らの奇麗な大阪弁はどんどん乱れてゆき、最初の学期が終わるころにはすっかり標準語になってしまいました。
家で彼らと話していると、もう自分の子供ではないように感じ、僕は焦りました。子供達の間違ったイントネーションを一生懸命直したり、大阪弁らしい言い方を覚えるように努力しました。
例えば、二人が喧嘩をしている時など、
「ジーニィの馬鹿!」とリオが言おうものなら、
「こら、人に馬鹿とか言うな。アホ、て言うたれ。ジーニィのアホ、や。ほら、リピート、アフター、ミー」
リオはリピート、アフター、ミーしてくれませんでした。いけず!
しょせん、父親一人では友達が皆、標準語を話す影響には勝てません。
更に残念なことは、園長先生を始め、担任の先生も大阪の人間なのに、標準語を使うのです。
「先生、他の生徒にまでとは言いませんから、何とかうちの子としゃべる時だけでも大阪弁にしてもらえませんか?」と私は真剣に頼みました。先生は、
「それはちょっと無理ですね~」と応じてくれませんでした。
「言葉は文化」という私の教育理念の牙城はもろくも崩れてしまったのでした。しかし、後になって振り返ってみると、これはまだ彼らの日本語崩壊のほんの始まりの部分だったのです。(つづく)
では、またね。
読んでくれてありがとう。
Takaya
さ~、ぽっち二押しの時間ですよ~。皆さん、景気よく押して帰りましょう!
