今日はいい夫婦の日らしい。
結婚して14年が過ぎたがいい夫婦かはわからない(笑)
俺が見たいい夫婦は祖父母だった。
祖父が亡くなって20年、祖母が亡くなって18年が過ぎた。
俺は訳あって祖父母の家で育った。
祖父は1937年に支那事変(当時の名称)に行き大陸で戦争をしていた。1941年に4年ぶりに一時帰国した。当時祖父は朝鮮半島の釜山に父が居たのでそこに帰った。(当時は朝鮮半島は日本領土)
そこで日本料亭を営業していた家の娘とお見合いし、祖父の一目惚れで結婚した。それが祖母だった。1941年春の事だった。
幸せな二人だけの生活も長くはなかった。
その年の11月に聯隊へ復帰命令が来た。祖母には1ヶ月の訓練に行くと行って出かけた。戦地に行くのは知っていたが、祖母は俺の母を身籠っていたので祖父なりのいたわりだった。
1ヶ月後日本は大東亜戦争(当時の名称)に突入した。祖父はその頃シンガポールに向かっていた。シンガポール戦が終わった後に祖父からの手紙が来た。南方に居るとの事。半年もしたら帰れるだろうと。
だが戦争は3年半続いた。祖父はその間、シンガポール~フィリピン~ビルマ(現ミャンマー)と戦地で戦い、祖母は保母さんをしながら母を育てた。
戦場の部隊は玉砕が相次ぎ、祖父のいた菊部隊も玉砕の噂がたった。
祖母には見合いの話が来たらしい。祖母は断り続けた。必ず帰って来ると。
1945年8月日本は負けた。朝鮮半島からも着のみ着のままで出ないといけない。そこで朝鮮の人から子供は置いて行くように言われた。祖母はなら私を殺せと断った。料亭によく来ていた朝鮮人の高等官がよくしてくれて親子は無事に博多へ向かう引き揚げ船に乗れた。だが両親とは生き別れになった。永遠に。
もう戦地から手紙は来なくなっていたが、復員局へ手紙を出した。博多に居ると。
1年後家の前で洗濯していると、くたびれた軍服に髭面の男が家の前に来て祖母を見て笑いかけた。祖父だった。祖父は生きて帰ってきた。4歳になる自分の娘とも初対面だった。
それから戦後の貧しい生活が始まった。俺の母の他に二人の娘が出来た。祖父は祖母と娘のためだけに働き続けた。祖母も祖父と娘のために一生懸命生きた。
孫も5人になった。祖父は病気がちの私を仕事から帰ると3年間バイクにのせて毎日毎日病院に通ってくれた。祖母は優しく厳しい母のように私を育ててくれた。
二人はいつもいつも寄り添っていた。祖母は神経痛に悩んでいた。ある日夜目が覚めて二人を見た。神経痛の祖母を祖父がさすっていた。祖母が神経痛で眠れない日は一晩中さすっていたらしい。強くて優しい祖父だった。
祖父は80歳まで働いた。翌年永遠の眠りについた。自分の人生の仕事は終わったように・・・
それから2年後祖母も永遠の眠りについた。祖父が迎えに来たように感じた。
今もあの世で二人で支え合いながら暮らして、家族が来る日を待っててくれてる様な気がする。
俺の理想のいい夫婦・・・それは祖父母。
結婚して14年が過ぎたがいい夫婦かはわからない(笑)
俺が見たいい夫婦は祖父母だった。
祖父が亡くなって20年、祖母が亡くなって18年が過ぎた。
俺は訳あって祖父母の家で育った。
祖父は1937年に支那事変(当時の名称)に行き大陸で戦争をしていた。1941年に4年ぶりに一時帰国した。当時祖父は朝鮮半島の釜山に父が居たのでそこに帰った。(当時は朝鮮半島は日本領土)
そこで日本料亭を営業していた家の娘とお見合いし、祖父の一目惚れで結婚した。それが祖母だった。1941年春の事だった。
幸せな二人だけの生活も長くはなかった。
その年の11月に聯隊へ復帰命令が来た。祖母には1ヶ月の訓練に行くと行って出かけた。戦地に行くのは知っていたが、祖母は俺の母を身籠っていたので祖父なりのいたわりだった。
1ヶ月後日本は大東亜戦争(当時の名称)に突入した。祖父はその頃シンガポールに向かっていた。シンガポール戦が終わった後に祖父からの手紙が来た。南方に居るとの事。半年もしたら帰れるだろうと。
だが戦争は3年半続いた。祖父はその間、シンガポール~フィリピン~ビルマ(現ミャンマー)と戦地で戦い、祖母は保母さんをしながら母を育てた。
戦場の部隊は玉砕が相次ぎ、祖父のいた菊部隊も玉砕の噂がたった。
祖母には見合いの話が来たらしい。祖母は断り続けた。必ず帰って来ると。
1945年8月日本は負けた。朝鮮半島からも着のみ着のままで出ないといけない。そこで朝鮮の人から子供は置いて行くように言われた。祖母はなら私を殺せと断った。料亭によく来ていた朝鮮人の高等官がよくしてくれて親子は無事に博多へ向かう引き揚げ船に乗れた。だが両親とは生き別れになった。永遠に。
もう戦地から手紙は来なくなっていたが、復員局へ手紙を出した。博多に居ると。
1年後家の前で洗濯していると、くたびれた軍服に髭面の男が家の前に来て祖母を見て笑いかけた。祖父だった。祖父は生きて帰ってきた。4歳になる自分の娘とも初対面だった。
それから戦後の貧しい生活が始まった。俺の母の他に二人の娘が出来た。祖父は祖母と娘のためだけに働き続けた。祖母も祖父と娘のために一生懸命生きた。
孫も5人になった。祖父は病気がちの私を仕事から帰ると3年間バイクにのせて毎日毎日病院に通ってくれた。祖母は優しく厳しい母のように私を育ててくれた。
二人はいつもいつも寄り添っていた。祖母は神経痛に悩んでいた。ある日夜目が覚めて二人を見た。神経痛の祖母を祖父がさすっていた。祖母が神経痛で眠れない日は一晩中さすっていたらしい。強くて優しい祖父だった。
祖父は80歳まで働いた。翌年永遠の眠りについた。自分の人生の仕事は終わったように・・・
それから2年後祖母も永遠の眠りについた。祖父が迎えに来たように感じた。
今もあの世で二人で支え合いながら暮らして、家族が来る日を待っててくれてる様な気がする。
俺の理想のいい夫婦・・・それは祖父母。