昨日は今年最後の
スポットコンサルじゃった。
昨日の相談者は
まだまだ経営者になりたての
飲食店の社長さん。
相談の内容は
どうやったら従業員たちが
うまく動いてくれるのか

という内容。
社長である彼も
独立までにいろいろと勉強をされていて
インプットした知識はたくさんある。
そのたくさんのインプットの中から
いろいろなルールを作って
それらをスタッフに与えていた。
しかし、上手く回らない・・・

あれやこれやと
やり方もいろいろと変えてチャレンジし
仕事が終わった夜の1時、2時から
何度も何度もミーティングを繰り返したけど
どれもこれも不発に終わり
最終的にはイライラがつのり
体力の限界も来て

今にも爆発しそうな
大きなストレスを抱えている・・・

僕はどうしたらいいんでしょうか・・・

まぁ~
ざっくり言ってしまえばこんな相談。
皆さんもこういう経験ってあると思いますが
仕事に真面目に取り組めば
取り組むだけ
こういうジレンマに直面する

今までの彼は雇われの身
こういうことが起こっても
ある程度受け流すこともできたんじゃろうけど
今は自分のお店

重箱の隅っこまで
気になってしょうがないんじゃろう

で、彼に聞いた
「なんでルールなんか作ったん
」すると
「やり方がわからないから1~10までルールを決めて
それに準じて行動させようと思って・・・」
「で、ルールを決めたらバッチリ上手くいったん
」
「いえ・・・こんなルールもできないのかっと
腹が立つばかりで・・・」
「そりゃそうじゃろうねそのルールがなんで必要なのか
わかってないんじゃけ・・・」
「えっ
そのルールは
みんなにもいいお給料を払えるように
お店を繁盛させようと決めたルールなんです」
彼は、そこに大きな声で大義があるように
声を荒らげていってきたけど
それは・・・
お前の店の繁栄のことしか考えてないんじゃ

つまりお前のことしか考えてなんじゃ

どんなにいいルールのように見えても
そのルールの行き先は
全部お前のメリットになることばかり
結局は
自分のお店を通じて
世の中に何を発信するのか!
という
その『何か!』
これがないから
関わっている人全員が
ルールーの元でしか
判断ができんくなっている

でもこの店では
ルールすらも守れないというから
この店の判断基準は
社長に怒られるかどうか
というのが判断基準になっている。
たとえば・・・
老人ホームで働いている人が
入所しているお年寄りたちから
日本一の初日の出を観たい

っというリクエストが出たので
自分たちで登って
ライブカメラでリアルタイムで
老人ホームで皆に観てもらおう

そんな想いで5名の職員で
富士山にトライしたとしたら
仮にそれぞれ5名が
別々のルートから登り始めても
何のためにこの富士山に登っているのか

という理由が明確になっているから
途中どんなに逆境が来ても
この【何のために】
がはっきりしているので
ぶれることはない

このたとえ話で言う
世の中に何を発信するのか?
という想いは
身体が自由に動かないお年寄りに
最高の初日の出を観てもらって
感動して元気になってもらいたいというのが
発信する想い
だから、今回相談に来た彼が
うまく回らないのは
この
何のために富士山に登るのかという
その理由を教えることもなく
富士山の頂上を目指さしているわけじゃけ
きついこと、辛いことがあったら
すぐに挫折するんよ

そんな、きついこと辛いことが起こっても
それを乗り越えるためには
それを成しえる理由が要るんよ

その理由が想いとなって
その想いが企業理念となって
その企業理念が社内文化となって
脈々と受け継がれていくんよ
企業経営は確かに金儲けも必要じゃけど
金儲けの前に
何のために!
ここに共感してもらう人をいっぱい作らんと
決して儲かる企業にはならん!
2013年
仕事始めまでに
熱い想いを最後確認してみよう!
2012年も356号お付き合いいただき
ありがとうございました。
2013年もよろしくです

ほんじゃまた