まだまだ暑いですが
秋風が心地いいです
昨日の夕焼けは
空が染まるほどキレイでしたが
運転してたので 撮れなくて…
今日は 助手席にいたので
撮影できました…
秋の空。
★
さて。
私が育った実家の話です
今はなきその家は
私が小1の頃に建てられた家で
駅は近いし 周りの環境も割と良くて
立地は最高の場所にありました
元々 4LDKのわりと広い家だったけど
建てて 5〜10年目くらいの数年間に
父が 改築やら増築を重ね
母が気に入っていた家庭菜園も潰して
離れを増築したりして
最終は 7LLDKと
いやもう無駄に広い家でした
離れを作ったのは
祖父母と同居する為。
最初 祖母はあまり気がすすまなかったらしく
トイレ、風呂、洗面は別にする為に
離れというカタチになりました
父は長男だったし
元々は 祖母が買ってくれた土地だったから
父は どうしても同居したかったんだと思う
☆
祖父母は その昔
洋服の仕立て屋を営んでいて
小さなお店だったけど
住込みの職人さんを複数抱える
結構な繁盛店だったらしい
けど 私の記憶にある限りの祖父は
すでに脳溢血の後遺症で
右か左かの半身が付随で
ずっと座っていて 言葉もうまく話せなかった
わがままばっかり言うおじいちゃんで
私は あんまり好きじゃなかった
祖母は ずっと職人の妻として支え
祖父が倒れて店をたたんでからも
超ボロい 店構えの家で
お直しなどの内職をしながら
わがままな祖父の介護をしていました
☆
私が中学の頃 その祖父母と同居
父にすれば 親孝行のつもりだったに違いない
その頃すでに
父の仕事の拠点は 東京になりつつあり
だんだん 帰宅する回数も減っていました
それでも母は 同居嫁らしく
甲斐甲斐しくやっていました
祖母がいない時には 当然祖父の世話もして。
母からすれば
ほとんど家に居ないダンナの
わがままな義父の下の世話なんざ
好き好んでするわけがない
でも まだまだ元気な祖母にしてみれば
自分がいない時とはいえ
自分よりずっと若い女(嫁)が
自分のダンナの下の世話までするのは気に入らず
母の誠意に対し 祖母はあからさまに不機嫌
そんなことは気にもかけず
わがままな祖父が
祖母がいる時にも 母をあてにし始めるまで
そんなに日にちはかかりませんでした
昔から いっぱいいっぱい迷惑かけられて
何一つ 恩返ししないまま半身付随になり
わがままばかりの祖父なのに
自分より 嫁を頼りにするようになることに
祖母は耐えられなくなり
父に 泣きながら「出て行く」と訴え
父も仕方なく 近所にマンションを借り
祖父母は そこに越していってしまいました
ま 実際は 他にも理由があったかもしれないけど
今となっては知る由もなし
母にしてみれば
大切にしていた家庭菜園まで潰され
自分の感情を抑えて
一生懸命 義父の世話をもしていたのに
悪者のように言われ
すごく辛かっただろうな
やたら広くした家に
MAX6人住んだのは 1年ほど。
一瞬でした
父も どんどん帰宅回数が減り
月に2,3回帰るか帰らないか
母と姉と私
ほとんど 3人での生活でした
父は たまに帰ってきても
色々話したそうにする母には冷たく
ボヤく母とよくケンカをするようになり
いつも 一方的に怒鳴っていました
あちこちに女が居ることも公言し
写真まで見せられ
お前なんか別におらんでもええんや
と怒鳴っていました
貧乏な頃から 父が仕事に集中できるよう
母が勉強して資格取って
家事も家計も支えていたのに
成功してしまったら 酷いもんです
それでも 母は色々頑張っていたと思う
そして 姉の大学が決まった春
ついに 母は家を出て行ってしまいました
父は 母に理由を聞くこともなく
勝手に出て行ったとして
そのまま離婚になりました
半年ほどで 父は今の奥様と結婚し
都内に新築し
完全に東京の人になりました
☆
7LLDKの家で
姉と私 2人の生活が始まりました
晩ご飯は 近所の祖父母宅に行き
掃除なども 祖母がしてくれていました
約1年程 そんな生活をしていましたが
祖母は 意を決して
祖父を完全介護のホームに入れ
マンションを引き払い
うちに来てくれました
祖母と姉と私、3人の生活も
1年程で 長くは続きませんでした
ブログでも書きましたが
姉が 学生結婚をして
家を出て行ってしまったのです
祖母と私の2人の生活が始まりました
私は大学生になり
その頃 祖父が亡くなりました
怒らない祖母に対し
私は自由気ままに好き勝手やってて
遠回しに注意する祖母に
いつもイライラしていました
いい孫じゃなかった…
大学を卒業すると同時に
私は家を出ました
週に数回は顔を見せていたけど
家で寝ることはあまりなく
祖母は たったひとりで 7LLDKの守り
2年半ほどして 実家に帰りましたが
相変わらず いい孫ではありませんでした
そして その約2年後
私は 結婚し、家を出ました
また 祖母ひとりになりました
☆
私が結婚して3年になる頃
近畿地方に台風が直撃したことがあり
実家の2階の大きな窓ガラスが割れ
超パニックになった祖母から電話があり
台風の中 長男連れて
高速を飛ばして急いで帰って
祖母を落ち着かせ
その後の後処理を一通りしました
そんなことがあって
父から
一緒に住んでやってくれと頼まれました
すごく悩んだけど
私の家族は、私の実家で 私の祖母と
一緒に住むことにしました
母とは
両親が離婚後しばらくは
連絡を禁じられていましたが
私が成人したら 父のお許しが出て
連絡を取り合うようになり
親しく交流しておりました
実家に戻ることになったその時
母に言われた言葉
あの家は
家族をバラバラにする家やから
気をつけなさいよ
それから 約7年 そこで暮らしましたが
幸せだったのは 最初の3年だけでした
犬を飼ったら半年で居なくなり
ダンナは留守がちになり
女を作り 家庭はむちゃくちゃ
そして 熊本に単身赴任
私は病み病み
最後には 我々も熊本に越すことになり
祖母はケアハウスに。
7LLDKの実家は ついに空き家となりました
空き家になった実家は
寝泊まりできる状態じゃなかったので
帰省するのは いつも母の家
でも 帰省の度に 見には行ってました
祖母が亡くなって 次に帰省した時
実家を見に行ったら
家が無くなっていました
知らない間に 父が取り壊して
売地になっていました
父の家とはいえ
一番長く この家に住んだ私に何も言わず…
突然家が無くなっていたことに
淋しくはありましたが
悲しさはなく 肩の荷が下りた気がしました
なんだったのかな
あの家…
