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柑橘スローライフ

2018年1月更新終了しましたが、検索ご来訪の方等の
過去記事に対してのコメント・ご質問等は大歓迎です。

 

 

敗戦後73年となる平成30年。



平成の時代もしっかりと時を刻み、
そろそろ日本でも正しい歴史認識が
なされても良い時期なのではないか。

江の島から鎌倉の景色を眺めながら、
昼過ぎにそんな事を思い立ち、
急遽、本日は可能な限り、
本当の事を書かせて頂こうと思いました。

私の思想信条的立場は「完全中立」で、
これには理由があり、その意味合いに
関しては別の機会に述べさせて頂きます。
また政治には全く関心がありません。




初めに、私が創作した、
ひとつの文章をお読みください...




日本はかつて、朝鮮と中国を侵略し、
朝鮮人と中国人を虐げ、植民地とし、
その勢力を東南アジアにまで拡げた。

そして、真珠湾攻撃という奇襲が
英米の怒りにふれ、彼らの反撃にあい、
日本の主要都市は空襲により焦土化し、
戦争終結のために、原爆まで落とされた。

これらの責任は天皇と当時の指導者にあり、
彼らは大変な過ちを犯した。

だから、軍部や指導者は戦後、
東京裁判で当然のごとくに戦犯となった。
然るに靖国神社参拝などはもってのほかだ。

戦争のために軍備を持ってはいけないし、
沖縄の人々を苦しめる米軍を撤退させ、
核廃絶も訴えていかなければならない。
それが唯一の被爆国、日本の使命なのだ。

そして、憲法9条により平和も実現できた。
だから現行憲法は改正してはいけないのだ。

更に、朝鮮を始めとした周辺国に対して、
慰安婦問題などの戦時中の罪を潔く認め、
謝罪して、賠償しないといけないのだ。




いかがでしょうか。

一見、今の一部の日本人に馴染みやすい、
もっともらしい文章にしました。
故に、見るやいなや、「その通りだ!」
と感じる人も少なからずいるでしょう。

しかし、一部正否の判断の難しい内容は
入れはしましたが、その殆どは問題がある
内容という事で書いてみたのです。



戦後73年という月日が経過しました。



それにも関わらず、残念な事ですが、
このような事を信じている人達が、現代の
日本において、実はまだ多そうなのです。
(昭和40~50年代ならば致し方ないですが)

純粋な日本人で、こういう考えを未だに
持っている場合は、一言で言うと「錯誤」
という事になるのだと思います。

そして、純粋な日本人ではない場合で、
こうした考えを肯定する場合は、
日本にとって不利益な「目的と意図」を
有していると判断できると思っています。



敗戦から6年間、日本から主権が剥奪され、
戦勝国による戦後管理が行われました。

その時から現在に至る時間経過の中で、
戦勝国による日本の国民に対する様々な
制御と指導が直接的又は間接的に行われた
わけですが、そうした行為の作用により、
無意識に近い状態のまま、錯誤に至って
しまったというのが実相という事なのだ
と思います。

また、村山談話などの異様なまでの偏向性
を持つ発言を、一国の元首の正しい発言と
勘違いして信じてしまったというような
影響も少なからずあるのでしょう。

日本はハイコンテクストな文化であり、
戦後という特殊な状況がもたらした、
ごく普遍的な「コンセンサスや空気感」
という観点では、もしかすると、
一見それらしく、いかにももっともだ、
という内容なのかもしれません。

しかし、だからこそ、錯誤し易いのです。
私も恥ずかしながら15年くらい前までは
上に書いた文章のうち、いくつかは朧げに
こんな感じなのかなと思っていました。
無意識的に制御されていたのでしょう。

でも、それも致し方ないと言えます。
何故なら、日本は「敗戦国」だからです。

敗戦国というのは、全てを否定されます。
事の真偽よりも、負けた事により全ての
責任を負わされ、悪の烙印を押されます。
そして多くの場合、真実は歪曲されます。
何故なら、戦勝国側の主張や大義に合致
させる必要があるからです。古今東西、
これが歴史に繰り返される事実です。

よって、戦後から現代にかけての日本に
おいては、歪曲された虚偽を事実として
誤認し、本来の正しい事実を虚偽と誤認
するような「真偽の変換」があったと言え、
これは敗戦国という立場が必ず負わされる
特性とも言えます。

この事実を判っている人が今の日本に
どのくらいいるのでしょうか。疑問です。

言ってみれば、敗戦国という特殊状況では、
全てにおいて「リバース」がかかるのです。

なので、表面的に認識しようとすると
全く逆の事を信じてしまうという曲解に
なる場合が多いと思われるのです。
素直な日本人だからこそ陥れられたのです。

少なくとも、世界のヒエラルキーは、
正誤や真偽という「絶対的な是非」でなく、
勝敗による「相対的な是非」が支配します。
これ、残念ですがとても重要な事実です。

これに抗う事も日本ならば、本来は可能
な事だったと思うのですが、しません。
何故なら、まさにそれを100年前に行い、
敗戦という失敗に連なったからです。

正しさは必ずしも強さに勝てないのです。

しかし、失敗はあくまで失敗であり、
正しさの否定ではないのです。
この真の意味を理解することが重要です。

私見では、国際的な場面において、
日本は少なくとも150年ほど前から

本当の意味での「正しさ」から逸脱している

場面はほぼ無いと見ています。

そして、その正しさを強さという力により、
「過ちと誤り」に変換されたのが、
まさに1945年という敗戦後からなのです。
残念ながら、多くの日本人は盲目的に
その「変換」を信じてしまったわけです。

何故なら、日本は負けたからです。

日本は敗戦という「相対的な是非」により、
西洋史的観点において「悪」という役回り
とされました。極めて不本意なことですが、
一方で盲目的に甘受しているとも言えます。

だから、日本人は「知らぬ存ぜぬ」という
態度をとりがちになるのです。
(事実を知らないという事から回避している)
日本人一般に多い「タブーからの逃避」です。
これは一種の「適応機制」とも言えます。

世の中を推進させる基本的な成り立ちは、
全てに於いて勝ったものが「是」であり、
負けたものが「非」であるという、
相対的な是非によっており、
残酷なようですが、これが事実なのです。

(この絶対的な法則から逸脱しようとする
のがニーチェの語る、ルサンティマン
からの歪な「道徳」の形成です)

そして、戦後の日本人に対する、
その「悪」の印象の植え付けと流布は、
意外と思われるかもしれませんが、主に
学校教育とマスコミにより行われました。

(現場の方々はその多くを知らないか、
あまり認識すらしていないと思われますが)

これは戦勝国が敗戦国に対して通常行う、
戦後管理・戦後支配の一端として、
仕組み的に国民には直ちに解らないような
自然な流れで粛々と実行されたと言えます。

そして、それにより、多くの人達が錯誤
した状態として生み出されと言えるのです。
前述した「真偽の変換」をごく自然な形で
実行する必要があったためです。

小学生の時、実際に授業で偏った事を言う
教諭が居て、個人的に微かな違和感を感じた
私は、小学高学年以降はあまり授業を聴いた
という記憶はなく、勉強は基本独学でした。

(きっかけのもう一つは、私が小学生の頃、
士業を営んでいた私の父のもとに、
選挙の時に限って、父の大学時代の友人で
当時教職員や後に校長をしていた人達から

頻繁に電話があり、選挙の投票は〇会党に
お願いしますと頼まれていた事が度々あり、
この時、子供ながらに、何故〇会党なのか
と訝しく感じたためです)

そして随分と後になり、教職員の組合が、
GHQの戦後管理の上での落とし子であると
いう事がわかり、子供の時に感じた微かな
違和感に合点がいったわけなのです。
また、マスコミはマスコミ(当初はラジオ)
で、いわゆるWGIPの重要な媒体として機能
させたという経緯も長じてから知ったのです。

戦勝国と戦勝国が日本を管理する上で利用
した周辺国の思惑は、実は彼らの期待以上
に、見事にうまくいったと言え、恐らく、
彼らにとってもかなり強い驚きがあった
ことだろうと思います。
(これ程までの成果は期待していなかった)

うまくいった、という意味は、日本人の
アイデンティティの喪失に他なりません。
精神面での無力化・弱体化という事です。

日本人というのは、自身酔いしれてしまう、
その素直さと清廉さ、潔さという美徳を、
外交的には逆に悉く利用されてきたのです。
騙しやすいという言い方が適切でしょうか。

73年間、その美徳を利用されてきたのです。
だから、外国人はことあるごとに、
日本人の素晴らしさを礼賛するわけです。
それを額面通りに受けてしまうのが日本人
特有の感受性なのだと思います。
日本人以外の外国の人々は、外交的な駆け
引きは想像以上にもっと強かなはずです。

そして、そうした美徳をことさら日本人に
植え付けさせようとしたのも実は戦後の
戦勝国の管理が発端と思われるのです。
理由は前述したように、そのほうが制御が
しやすいということになるからです。
日本人の「美徳漬け」のようなものです。

しかし、我々は純粋な日本人であり、
いつまでも「悪」の烙印を押され続け、
美徳漬けに甘んじるわけにもいきません。
様々に錯誤された状態のまま、将来に渡り
時間を浪費するわけにもいきません。

平成30年という節目であるからこそ、
日本がこの70年余に負わされた不名誉を
徐々に回復させる必要があると思います。
そして、生来の純粋な日本人が持っている
精神性に立ち返る必要があると思います。

こうした発言をするとすぐに表面的な反応
として「戦時中に戻るのか」といったような
漫画的アレルギー反応を起こす人が居ますが、
このアレルギー反応を起こさせるような
仕組みを作ったのが、戦後の戦勝国であり、
彼らの管理と支配の制御であったわけです。

矛先を間違えた転倒した意見などを見る度に、
その仕組みを恐らく認識していないのだろう

と感じるです。

また、私がここまで書いてきたようなことは、
決して、右派的な事なのではなく、
一つの国の国民として極めて当たり前の、
本来あるべき、ごく中立的発想と言えます。

一般に国民というのは自国の国益を重視する
ものなのであり、他国の国益を重視するもの
ではないのです。自国の国益を普通に支持
するというのは中立的発想です。
ごく当たり前の事なのです。

しかし、日本の場合においては、
それは右派的な考え方とされるようになり、
自国の国益を重視するという当たり前の発言
すら容易にできなくなってしまったのです。



どうしても記事が長くなってしまいがち
になりますので、今記事はこの辺りと
致しますが、前述した文章は七段落あり
ますので、一つ一つ、簡単ではありますが
日本人の「錯誤」について、何故錯誤した
かという事を含めて、今度の機会に私なり
に記事として書かせて頂こうと思います。

完全中立の意味合いも、
その時に書かせて頂こうと思います。

尚、喪中のため、
新年挨拶は控えさせていただきました。



~つづく



参考資料/なし
作成時間/約3時間10分