Grand Hotel Taipei
圓山大飯店の建設にはどんな意図があったのか。


 

1952年、第二次世界大戦後の混乱期に、国際的な賓客をもてなす迎賓館として、蒋介石夫人である宋美齢氏によって創設されました。

その主な目的は、国際的な賓客を迎えるための格式高い場所を提供することでした。また中華民国の象徴として建設されました。


 

台湾のランドマークであり、台湾観光の発展を象徴する存在です。


 

↑ 蒋介石宋美齢夫妻と切手になった宋美齢氏 ↓

 

 

立地の選定は、日本統治時代の台湾神宮跡地に建設され、台北市内を一望できる景観が特徴です。


 

秘密のトンネル
政治的な背景から蔣介石総統の避難用に建設された地下通路 です。東西に2本あり、現在は見学ツアーで公開されています。

目的
蔣介石総統の緊急避難用。ホテルが政治的に重要だったため。

特徴
東西に1本ずつ、合計2本。
西側のトンネルは約85メートル。
銃撃音を吸収するトゲトゲの壁。
S字型に設計され、背後からの追撃を防ぐ。
世界最長クラスの室内滑り台が設置されている。


公開状況
予約制の有料見学ツアーに参加可能。
2019年に一般公開された。
東側トンネルは2021年に一般公開。
西側トンネルが主に公開されているが、希望すれば両方の見学も可能。


滑り台は緊急時に使用するためのもので、現在は歩いて見学する。
 

 

宋美齢(そう びれい、ソン・メイリン。1898年3月4日- 2003年10月23日)
中華民国の政治家であり、蒋介石夫人の「永遠のファーストレディ」と呼ばれた人物です。20世紀前半の中国を動かした宋家の三姉妹の三女としても知られています。
 

 

立法委員、輔仁大学董事長、中国国民党中央委員会委員、中国国民党航空委員会秘書長を歴任した。


 

日中戦争中にはアメリカ合衆国義勇軍「フライング・タイガース」の設立に携わり、「中華民国空軍の母」と称された。


 

台湾民主化以前はよく蔣介石の名字を込めて蔣宋美齢と呼ばれ、欧米では蔣夫人(Madame Chiang)と呼ばれた。

 

 

圓山大飯店は、台北市のランドマークであるだけでなく、現代における中国宮殿建築の代表でもある。


 

客室は東洋と西洋の設計美学を融合しており、細部まで行き届いた心配りで快適性を追求している。


 

それは単なるホテルに留まらず、台湾政府が国賓を迎える場として、また数多くの文化人や著名人が宿泊する国家的かつ国際的なホテルなのだ。


 

中華民国の元総統、李登輝氏は、今も圓山大飯店に毎月散髪にやってくる。散髪後は金龍レストランで食事をするそうだ。
 

 

2016年1月には展示室(文物館)が完成し、圓山大飯店に纏わる歴史や文化を紹介する施設がオープン。
 

 

台湾神宮の前身である台湾神社は、日清戦争後の1895年に台湾が日本領となったことをきっかけに創建されました。

 


北白川宮能久親王が台湾で病没したことが、神社創建運動の大きなきっかけとなりました。


 

所在地と現状
台湾神宮は台北市大宮町(現在の台北市中山区中山北路4段1号)に位置していました。
 

 

現在は圓山大飯店(グランドホテル台北)の敷地に取り込まれており、当時の面影はほとんど残っていません。