林昌寺版碑・町指定天然記念物しだれ桜
このしだれ桜は、文安年間(1444-1449年)に創建され、戦国時代に真田幸隆の弟である矢沢頼綱によって再建された由緒ある林昌寺にあります。
樹高は16メートル、目通り(根元から胸の高さまでの幹周)は約3.8メートルと壮大で、毎年4月中旬頃に見事な花を咲かせます。

特に、境内の観音堂と鐘楼を背景に咲き誇る姿は、歴史的な建造物と調和し、美しい景観を作り出しています。

↑ 鐘楼と本堂 ↓
樹種はエドヒガンで、春のお彼岸頃に咲くため「彼岸桜」とも呼ばれることがあります。

菩提寺
父方の親族が眠る菩提寺です。
昭和20年3月10日未明、私の叔母は深川でB29の編隊が雨霰と落とす焼夷弾の空襲で焼け出され、川原湯温泉へ転居。
昭和59年4月1日病死、中之条の林昌寺に埋葬されました。
叔母には一人娘が居り川原湯温泉で結婚し両親(故人)と共に暮らして居ましたが、八ッ場ダムが本決まりと成ったため中之条の伊勢町に新居を建て引っ越しました。
林昌寺
南北朝時代に、僧の長馨(ちょうどん)が創建し、戦国時代に真田幸隆の弟、矢沢薩摩守頼綱によって再建され、沼田真田氏の保護下に寺勢を伸ばしました。

墓地の表札
墓地の区画番号や家名を表示し、お墓の場所を明確にする役割があります。

割田と田村
父方田村の墓所でしたが、一人娘の従兄妹が割田に嫁ぎ、一般的には直系の氏が表示されますが、叔母の死を機会に親族の墓石を整理し一か所に纏めて供養しました。
その際、孫子の代になって、母方と父方の氏が分かるようにと両家の氏を表示したとの事でした。

菩提寺とは
先祖代々のお墓があり、葬儀や法要を依頼する寺院のことです。
菩提寺を持つことには、以下のようなメリットとデメリットがあります。

メリット
お墓の心配が不要 先祖代々のお墓があるため、新しくお墓を購入する費用や手間がかかりません。

葬儀・法要の手配がスムーズ 葬儀や法要の際に依頼する寺院を探す手間が省けます。
仏事の相談相手 仏事に関して分からないことがあった際に相談できます。

葬儀・法要の手配がスムーズ 葬儀や法要の際に依頼する寺院を探す手間が省けます。
仏事の相談相手 仏事に関して分からないことがあった際に相談できます。

菩提寺と似た言葉に「檀那寺(だんなでら)」や「檀家」がありますが、それぞれ意味が異なります。
檀那寺
お布施を渡して経済的な支援をしている寺院を指します。必ずしも先祖のお墓があるとは限りません。
檀家
特定の寺院に経済的な援助を行っている家を指します。

林昌寺には小渕恵三首相の菩提寺でお墓があります
群馬県からは福田赳夫・中曽根康弘・小渕恵三・福田康夫の首相経験者4人が居ます。
小渕恵三(おぶちけいぞう)
1937年(昭和12年)6月25日- 2000年(平成12年)5月14日)位階は正二位。勲等は大勲位。学位は政治学修士(早稲田大学)。
↑ 小渕恵三の墓 ↓
衆議院議員(12期)、内閣官房長官(第49代)、内閣総理大臣(第84代)、自由民主党幹事長、自由民主党副総裁、自由民主党総裁(第18代)などを歴任した。

家族・親族
父・小渕光平(衆議院議員、光山社創始者)
母・小渕千代(光山社重役)
妻・小渕千鶴子
長男・小渕剛(全日空)
長女・小渕暁子(イラストレ―ター)
次女・小渕優子(衆議院議員、元TBS社員)
兄・小渕光平 (2代目) (中之条町長)
叔父・小渕岩太郎(実業家)
叔父・小渕浪次(実業家)
女婿・瀬戸口克陽(TBSプロデューサー)
御朱印には真田家とのつながりで六連銭が。











