白井宿の歴史
白井宿は1258年(康元元年)に長尾景煕が白井城を築城したことから町が発展しました。

 

室町時代中期には、長尾景仲が関東管領の家宰として活躍し、白井長尾家の基盤を築き、城下町や領内の整備に尽力しています。

 

戦国時代には、軍事拠点としての重要性から、たびたび攻防戦が繰り広げられました。



 

江戸時代に入り、本多康重が白井領を与えられて白井城の整備や城下町の町割りに尽力し、白井藩が立藩されました。

しかし、藩主の交代が頻繁にあり、1623年には廃藩となり白井城も破棄されました。

 

その後は宿場町というよりも市場町として、「六斎市」が開催され、多くの物資が取引される独自の経済圏を形成しました。



江戸時代に作られた土蔵造りの家屋や井戸、水路が今も残されており、当時の城下町の面影を感じることができます。

 

道路の中央を流れる用水路や共同井戸が特徴的で、昔ながらの佇まいが残されています。

 

↑ 山車備品庫 ↓

 


特に春には、約100本の八重桜が咲き誇る名所としても知られています。


 

例年4月下旬から5月上旬にかけて見頃を迎え、ソメイヨシノよりも遅れて咲く、大きく鮮やかなピンク色の花が魅力です。

 

 

八重桜が満開になる時期には、「白井宿八重ざくら祭り」も開催され、武者行列や六斎市が行われ多くの人で賑わいます。

 

羅漢水
羅漢水は、過去に水質が大きく変化した時期がありました。
1974年に全国的な水不足が発生し、羅漢水を含む多くの井戸が枯渇してしまいました。


 

その後、湧き水が再び出るようになったのですが、以前とは水質が変わってしまったようです。


 

詳しい原因は不明ですが、周辺環境の変化や地下水脈の変動などが影響している可能性があります。


 残念ながら、現在の羅漢水は飲用には適さないとされています。生活用水としては利用できますが、飲む場合は煮沸が必要です。
 


白井宿の万葉歌碑
「利根川乃河瀬もしらすたゝ王多りなみ耳逢ふの春あへる君可毛」
(読み下し文)
「利根川の川瀬も知らず直渡り波に逢ふのす逢へる君かも」



 

この歌碑は、群馬県内の万葉歌碑の一つとして、白井宿に設置されています。


 

群馬県には他にも伊香保温泉周辺に多くの万葉歌碑があり、万葉集巻14の東歌に詠まれた伊香保に関する9首の歌すべてが歌碑として建てられています。