新田町
渋川市にある白井宿を構成する町の一つです。
白井宿は、新田町、八軒町、上ノ町、中ノ町、下ノ町の5つの町で構成されており、新田町はそのうちの一つです。
火の見櫓
火災の早期発見、消防団の招集、町内への警鐘の発信などに使われていた見張り台のことです。
日本では、慶安3年(1650年)に幕府直轄の「定火消(じょうびけし)」が作られた際に、高さ約15メートルの火の見櫓が日本で最初と言われています。
江戸時代以降、木造建築が中心の日本では火災が大災害につながる危険性が高かったため、火災予防と早期鎮火が主要課題であり、町火消(後に消防団)などの消防体制の整備に伴い、火の見櫓が各地に造られました。
火の見櫓の上部には半鐘が設けられ、火災を発見した番人が警鐘を鳴らして火消しを招集したり、町人に火災の発生を知らせたりする役割を担っていました。
また、半鐘は時報や各種情報発信にも使われることがあり、鐘の鳴らし方によって様々な情報が伝えられていました。

火の見櫓は規格品ではなく、地元の鍛冶屋が工夫しながら作ることが多いため、どれも似ているようで様々なバリエーションがあります。梯子だけの二本脚タイプから三本脚、四本脚など多くの形態が存在し、制作者の好みやセンスが反映されています。

薬師の井戸
江戸時代初期、寛永元年1624年頃、岡上代官の命により掘られた堰に沿って複数の井戸がある。薬師の井戸は寛永元年(1624年)に掘られた最初の井戸。
枯渇したことがないとされ、現在も多くの家で使用されている。他は宝永年間(1704~11年)、寛政7年(1795年)の江戸時代以外にも、明治や昭和に掘られた井戸もある。

白井堰
この宿場町の面影を今に残す重要な要素の一つです。
町並みの景観 約900メートルにわたる短冊形の町並みの真ん中を流れており、京都のような趣があるとも言われています。
白井堰の両側には桜や楓、柳などの並木が続き、美しい景観を形成しています。特に、春の八重桜の季節には、堰の両脇に約100本の八重桜が咲き誇り、見事な桜並木が楽しめます。現在は群馬用水が流れています。

白井宿の力石
白井宿にある力石は、地元では「だるま石」や「あぶら石」とも呼ばれていて、かつて力自慢をするために使われていた石です。
昭和12年から13年頃まで実際に使われていました。
力石の重さと持ち上げる難しさ
この力石の重さは約23貫(現在の重さに換算すると約83.5キログラム)あります。
当時でも、10人に2、3人しか持ち上げることができなかったそうで、力だけではなく技術も必要だったと言われています。
中には、白井の下宿から上宿までの約800メートルをこの石を担いで歩いた人もいたそうです。

石灯籠
用途や形状によって多種多様な種類があります。代表的なものには、春日灯籠、雪見灯籠、織部灯籠などがあります。

主に花崗岩が使われ、特に御影石が多く用いられます。自然石を加工したものや、そのまま利用したものもあります。

白井宿マップと蔵
江戸時代からの土蔵造りの家々が今も残っており、歴史的な景観を形成しています。

これらの土蔵造りの家は、かつて宿場町として栄えた白井宿の面影を感じさせる貴重な存在です。

群馬県環境緑化コンクール優秀賞
このコンクールは毎年開催され、県内の児童・生徒から緑化運動に関する標語が募集されます。
応募された作品の中から、特選3点と優秀賞8点が選ばれ、入選者には学校を通じて賞状と記念品が贈られます。

特選作品の一部は、翌年度の群馬県緑化運動推進テーマとして採用され、緑化運動ポスターや啓発物品などに使用されます。

なお、「緑化コンクール」という名称のイベントは、群馬県内の市町村でも独自に開催されており、例えば館林市では緑化ポスターコンクールを、高崎市や太田市でも緑化ポスターコンクールを実施し、優秀作品を表彰しています。

