見物海岸
JR高速バス
館山駅からの路線バスでの運行を基本とするが、一部の便は東京駅からの高速バス「房総なのはな号」と直通運転となっている。
房総なのはな号
東京都と千葉県館山市・南房総市を結ぶ昼行高速バス路線である。
現在は「房総なのはな号」「新宿なのはな号」ともに全席指定制のため、あらかじめ乗車券を購入しなければならない(統合前の「新宿君津号」の上り便は自由乗車制であった)。

「房総なのはな号」は、東京駅と館山駅・安房白浜を首都高速・東京湾アクアライン・館山自動車道・富津館山道路経由で結んでいる。
JRバス関東では支店ごとの独立採算性を重視しており、館山支店においても東京発の高速バス路線の一部を担当していたため、営業便による東京支店までの乗務員送り込みという目的で開設された路線である。
菜の花
アブラナ科の野菜の花の総称が「菜の花」
日本は北から南に長く伸びる島なので、季節の感じ方は地域で大きく違います。
関東ではそろそろ桜の咲く季節でも東北ではまだ雪が降っていたり、花の開花を取り上げたニュースも、南から北に上昇していきます。

特に菜の花やタンポポ・サクラなどは、身の周りですぐに見つけることができて誰でも知っているので、「春の花」として馴染み深い種類と言えます。
そんな春の花の一つが「菜の花」です。写真のように一面黄色い花で覆われた菜の花は、日本の春の風物詩となっています。

でも、厳密には「菜の花」という名前の植物はありません。「菜の花」は文字どおり菜っ葉の花のことを指す言葉で、アブラナ科の野菜の花の総称です。
アブラナ科の野菜にはハクサイ・ダイコン・キャベツ・コマツナ・ブロッコリーなどがありますから、これらの花はみんな「菜の花」ということになります。

見物
此処には私が仲人を務めた男性の母親が営む民宿が有ります。また、「館山温泉 休暇村館山」も有り、宿泊せずにプールの利用や温泉・食事も楽しめます。

↑ 休暇村館山 併設のプール ↓
西川名の別荘から近いので、風呂を沸かすのが面倒な時や大人数の時などに利用していました。

↑ 地産地消の食材 ↓
房総半島南部は最低位の段丘を元禄段丘とし、4段の段丘が分布しています。これらの段丘面は館山市沼地区の地名をとって、上位から沼Ⅰ面、沼Ⅱ面、沼Ⅲ面、沼Ⅳ面(元禄段丘面)とよばれています。
沼Ⅳ面(元禄段丘面)は当時の波食面が1703年の元禄地震で離水した面です。
房総半島では元禄関東地震と大正関東地震では地殻変動のパターンが異なることから、関東地震*には元禄型と大正型の地震があり、大正型が1つの断層が動くのに対して元禄型では1つ以上の断層が連動して動くものと理解されています。
沼Ⅰ面~沼Ⅲ面は沼Ⅳ面(元禄段丘)とほぼ同じ幅を持ち、分布形態も非常に似ていることから元禄型の関東地震に伴って隆起・離水したものと考えられています。

これらの段丘面の境界附近にはさらに2~3面の小段丘に区分できることから、これらの小段丘は大正型の関東地震で生じた段丘と考えられています。

写真15および写真17の最低位の段丘面は大正関東地震に伴って隆起・離水した平坦面であり、大正ベンチと呼ばれています。
以上のような海岸段丘の分布状況は、数千年来、元禄型の地震の間に2~3回の大正型の地震を挟むような地震発生パターンを繰り返してきたことを示しています。
資料3によれば、6,800年前(縄文海進時の最高位旧汀線の離水時期)以降の関東地震の平均再来間隔は380~400年とされ、また、元禄関東地震から大正関東地震までは220年であったことを考えると、現在は大正関東地震からまだ90年程度しか経過していないので、関東地震の再来までにはしばらくの間余裕があることになります。

関東地震
ヒィリピン海プレートが日本列島へ沈み込むことによって発生する地震のうち、相模湾トラフ沿いで歴史的に繰り返して発生している地震を総称して関東地震と呼びます。

関東地震としては1923年の大正関東地震(マグニチュード7.9)やその1つ前の1703年の元禄関東地震(マグニチュード8.2)が知られていますが、一般に、関東地震といえば、関東大震災をもたらした大正関東地震をさす場合が多い。









