集合地新宿駅西口
Shinjuku First West Building
新宿ファーストウエストは、東京都新宿区西新宿一丁目にある高層ビル。



 

土地信託方式で新宿区からみずほ信託銀行が受託して事業化された地元の主導で生まれたビルである。


 

青緑色を基調としたガラス張りのビルとして知られ、建築年次が新しいため、バリアフリー対応のトイレなどの設備も充実している。また、テナントのほとんど一般企業となっている。


 

元々当地は小学校(新宿区立淀橋第二小学校)であったが、児童数激減のため閉校し、その跡地に出来たものである。


 

小学校自体は1986年に閉校されたが、暫く教育施設として活用後、駐車場を経て、オフィス主体のビルへと変わった。


 

一角には当地が小学校であったことを示すメモリアルコーナーが設けられている。


 

ガードレール(道路防護柵)
道路での防護柵の設置の主目的は、進行方向を誤認した車両の路外逸脱防止、車両乗員の傷害や車両の破損の最小化、逸脱車両による第三者への人的・物的被害の防止、車両の進行方向復元である。

防護柵の所有者は該当の道路管理者、すなわち国土交通省、都道府県、市町村などである。

ガードレール設置工事単価は、2022年3月時点で最も等級の低いものが1mあたり7,340円である。



 

設置形状による分類
防護柵は対象が車両と歩行者によって設置場所や設置条件が大幅に異なるため、日本では「車両用防護柵」と「歩行者自転車用柵」として分類が行われている。

なお、歩道等がないなど道路条件に応じて車両用防護柵と歩行者自転車用柵を兼用しなければならない場合、構造や性能の条件を満たした場合に兼用が可能である。


 

たわみ性防護柵
車両衝突時の衝撃を車両および防護柵の双方の変形によって和らげるため緩衝性に優れている。

ビーム型防護柵
ガードレール
略称は「Gr」。適度な剛性と靭性を有する波型断面のビームと支柱によって構成される。

車両衝突時の衝撃はビームの引っ張りと支柱の変形で抵抗する。破損時は破損部の取り換えが容易である。

木製防護柵
主にビームに木材を用いた防護柵である。車両衝突時の衝撃は木材ビームの剛性と金属製接続部や支柱基礎部の変形で抵抗する。


 

ケーブル型防護柵
略称は「Gc」。弾性域内で動く複数のケーブルおよび適度な剛性と靭性を有する支柱で構成される。

歩行者自転車用柵
この柵は歩行者等が路外または車道に転落を防止すること、横断禁止区間などで歩行者等がみだりに横断するのを防止することを目的に設置される。


 

中央分離帯の街路樹
中央分離帯のガードレールの間に植えた植物のこと。 

 

中央分離帯に植栽される植物は、主にトウネズミモチやツツジなどが一般的で、植える目的は対向車による眩光の遮断にある。 



なお、中分植栽は高速道路だけでなく一般道でも多く見られ、専門の業者が植栽からメンテナンスまでを一貫して行なうケースが多い。

ツツジは街路樹として多く植えられていて昔からなじみがあるお花です。 



なぜ道路の脇にツツジが多いのでしょうか? ツツジには空気を浄化する効果があり車の排気ガスやアスファルトの高温で過酷な環境にも耐えて咲き続けるからなんだそうです。


 

新宿区議会議員選挙ポスター掲示板



 

工学院大学・京王プラザホテル前の横断歩道
横断歩道は、みなさんが安全に道路を横切ることができるように、道路上に白いペイントなどで書かれた場所をいいます。

横断歩道のはじまりは、大正9年1月(1920年)に東京に設けられたものです。



 

東京の市電を横切るために設けられたことから「横断歩道」とは言わず、「電車路線横断線」と名付けられました。


 

横断歩道には、道路を渡る人に「ここを渡りなさい」と知らせたり、自動車を運転する人に、「横断する人がいるときは、いったん停止して安全に横断させてあげなさい」と呼びかけるなど、道路を横断する人の安全を守る役割があります。


 

信号機のない横断歩道を歩行者が渡ろうとしている場面で、約半数のクルマが一時停止していないことが、JAFが行った信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国実態調査で判明しました。


 

また、実態調査に先駆けて2016年に行った「交通マナー」に関するアンケート調査の設問で「信号機のない横断歩道で歩行者が渡ろうとしているのに一時停止しないクルマが多い」との回答が約86%にものぼりました。


 

これらの結果からも、多くのドライバーが歩行者優先のルールや横断歩道直前での一時停止(あるいは徐行)の義務の認識があいまいになっているようです。



工学院大学
西新宿一丁目24番2号に本部を置く日本の私立大学。1887年創立、1949年大学設置。大学の略称は工学院大。

工学院大学の前身は1887年(明治20年)10月31日、渡辺洪基らによる創立協議会が開かれた工手学校である。

明治政府は富国強兵、殖産興業政策を進め、鉱工業や建設などの各分野で不足していた、


 

↑ 工学院大学前の送迎バス照合場所 ↓

 

現場を支える職工の育成が目的であった。翌年に認可され、1888年(明治21年)2月に開校式を開いて授業(本科1年、予科半年)を始めた。

学科は土木、機械、電工、造家(建築)、造船、採鉱、冶金、製造舎密(化学)の8つで、渡辺が特選管理長、中村貞吉が校長に就いた。

校舎は、東京市京橋区木挽町十丁目の商工徒弟講習所を借りたが、1888年5月7日に京橋区南小田原町四丁目7・8番地(現在の中央区築地)の築地病院の建物と敷地を購入した。


 

日本で最も古い私立の工業実業学校でもある。

渡辺が帝国大学(現在の東京大学)総長だった歴史から東京大学を定年になった人たち、もしくは教授を目指しているのに教授のポストがない人たちが、工学院大学で(正規の)教授として迎えられることが多い。

 


 

サイクリスト
自転車に乗る人を指す英語の単語である。 自転車競技の選手から日常的に自転車を利用する人まで、幅広い範囲の人々を表す。


 自転車に乗ることを趣味とする人、通勤や通学に自転車を利用する人、プロの自転車競技選手など、自転車に関わる全ての人々を指す。