越後こしひかり弁当「おひとつ」
ツアーバスが出発して間も無く、本日と明日の昼食弁当の予約受付が有りました(別料金)。

本日分は、「越後こしひかり弁当」と「魚沼あったか弁当」でそれぞれ一個を予約しました。

このお弁当は、昼食時間近くになる観光見学地やサービスエリアなどに弁当業者がツアーバスに届けに来てくれるシステムをとっています。

コシヒカリという米は、1956年に(昭和31)命名登録されたもので、正式には水稲農林100号と呼びます。

源流を辿ると1944年(昭和19)に、農林22号を母に、農林1号を父として新潟県農業試験場で交配し誕生したものですが、第二次世界大戦の影響を受け開発が中止。

それが再開されたのは、戦後、1946年(昭和21)のことでした。
再開後に収穫された雑種の種の一部が福井県農林試験場へ送られ、そこでも独自に品種改良が続けられます。

そして、そこで誕生した越南17号が新潟県と千葉県で奨励品種として1955年(昭和30)に栽培され、その好結果を受けて農林100号(コシヒカリ)として登録されました。

コシヒカリという名前の意味は「越の国に光りかがやく」という意味で、ここで言う「越の国」は、越前・越中・越後を含んだ古代の「越の国」になります。

新潟県と福井県の両県が開発に関係した品種として、これ以上ピッタリな名前はないでしょう。

コシヒカリは、粘りが強く、甘味があることから人気銘柄となり、2016年には日本の作付面積の、実に36.2パーセントを占めるまでになりました。
特に新潟県魚沼産のコシヒカリは品質が高く、最高値の取引価格を記録しています。

1980年代中頃に「コシヒカリ弁当」が発売される前に、コシヒカリを名乗った駅弁として同じ新潟三新軒の「こしひかり寿司」がありましたが、いずれにせよ米の品種名を駅弁の名前に使用するという、思い切ったネーミングの元祖は新潟三新軒でした。
それだけ、新潟の「コシヒカリ」ブランドに対する、自信の現れだったのでしょう。

ところで、「コシヒカリ弁当」の内容ですが、ロングセラーなだけに御菜も刻々と変化しており、現在は豚メンチカツ・焼鮭・海老唐揚・玉子焼・車麸・煮物・鮭巻昆布・しばわかめ・かぐら南蛮味噌・なら漬胡瓜・ゆず大福となっています。
いわゆる「幕の内弁当」の規範に入るものですが、やはり単純な「幕の内弁当」とするよりは「コシヒカリ弁当」とした方が食指が動くというもの。

今年も新米が市場に出揃う季節になりました。駅弁の命として米にこだわっている調整元では、今頃は、きっと米の選定に頭を悩ましていることと思います。
弁当
携行できるようにした食料(携行食)の一種である。「辨當」(戦前はこの旧字体表記が多かった)「便当」などと書かれることもある。


