ベリーダンスショー
ベリーダンスは古代エジプト発祥、世界最古の踊りと言われ、口承に基づき伝授されてきました。

紀元前5世紀のものと言われる古代エジプトの壁画にはベリーダンスを踊る半裸の女性ダンサー達が描かれていたものもあり歴史の深さがうかがえます。

イスラム教が広がる以前から、女神崇拝のための儀式として巫女たちにより踊られていたものが起源とされていますが諸説あります。

そして、豊穣祈願の踊りとして脈々とアラブの女性たちに受け継がれていきました。

ベリーダンスを世に広めたのはジプシー
この踊りを世界に広めたのは、インド北部にいたジプシーたちと言われています。
ジプシーたちは、7~8世紀頃にインドから西へと移動を始め中東からヨーロッパの方にまで移動していきます。

現在のショースタイルはこのジプシーたちが作り上げたとも言われており、各地の踊りと自分たちの踊りを融合しながら世界へ広めていきます。
ジプシーたちはアラブの民族舞踊を自分たちの踊りに取り入れ、ストリートパフォーマンスを行って生計を立てていました。

こうしたジプシーたちはトルコでは「ロマ、ロマン」、エジプトでは「ガワージ、ガガル」と呼ばれています。
12世紀~13世紀にかけてのペルシアの細密画の中にもベリーダンスの描写が見られます。

ベリーダンスはハレムの女性たちも踊っていた
そして、13世紀末に建国されたオスマン帝国では、スルタンのために世界中から集められた女性がハレムにおける教育の一環としてダンスも学んでいたとされており、スルタンのために踊る姿が描かれた絵画も多く残されています。

中東以外の地域に一般的に知られるようになったのは18世紀から19世紀にかけて勃興したロマン主義運動の高まりの中、王宮でのハレムの生活風景をオリエンタリズムの芸術家たちが絵画の中にベリーダンサーが用いられた事によって広まりました。

そこから、中東諸国のダンサー達が様々な世界の博覧会にてダンスを公開し披露し始める様になり徐々に市民権を得る様になりました。

エジプトでは結婚式の時には必ずダンサーを招き、花嫁は子孫繁栄のためにダンサーのお腹に手をかざして祈願します。
また、ベドウィン(砂漠に住む遊牧民族)は出産している女性の周りでダンスを踊るという風習が伝統的にあります。

ベリーダンスの名前の由来や意味は?
中東・アラブ圏で誕生した民族舞踊ですが、「ベリーダンス(Belly dance)」と名付けられたのは1893年。

アメリカのシカゴで開催された万国博覧会の時と言われています。博覧会の中に「Street in Cairo」という展示も行われており、この展示のステージで踊られたダンスが【Belly dance】と命名されました。

「Belly」は英語で腹部を指し、ベリーダンスを直訳すると「腹おどり」となります。腹部の動きが特徴的だったことからこの様の名が付けられました。
ちなみに、中東・アラブ圏内の人々はベリーダンスとは呼びません。

それぞれ以下のような名で呼ばれています。
エジプト:「バラディ(Baladi:自然の)」
アラブ:「ラクス・シャルキー(Raqs Sharqi:東方の踊り)」または「ラクス・バラディ(Raqs Baladi:民族舞踊)」
トルコ:「オリエンタルダンス(Oryantal dansı:東方舞踊)」
ヨーロッパ:「オリエンタルダンス」「エキゾチック・オリエンタルダンス」「オリエンタル・ベリーダンス」など
ベリーダンスは衣装も特徴的!女性らしさが魅力
ベリーダンスはその独特な踊りだけでなく、ダンサーが身にまとっている煌びやかな衣装も魅力のひとつです。

ベリーダンスの衣装と言ったら、ブラジャー風のトップスにお腹を出して露出度が高いのですが、その露出度の高い派手な衣装がよりダンスに華やかさを演出しているのです。

衣装にはビーズやコインが飾り付けられているのですが、コインが縫い付けられているのには全財産をアクセサリとして身に纏っていたジプシーたちの名残と言われています。

長い年月をかけて広まったベリーダンスは、その土地の文化などに大きく影響されており様々なスタイルが生まれています。それにより、衣装も各地それぞれの特徴があります。




