鏡餅
餅を神仏に供える正月飾り(床飾り)であり、 穀物神である「年神(歳神)」への供え物である。 日本の伝統である。
名称の由来
鏡餅という名称は、昔の鏡の形に似ていることによる。昔の鏡は青銅製の丸形で、神事などに用いられるものであった。
三種の神器の一つ、八咫鏡を形取ったものとも言われる。
また、三種の神器の他の二つ、八尺瓊勾玉に見立てた物が橙(ダイダイ)、天叢雲剣に見立てた物が串柿であるとされる。

歴史
平安時代には既に存在し、当時に書かれた源氏物語には「歯固めの祝ひして、餅鏡をさへ取り寄せて」の一節がある。
鏡餅が現在のような形で供えられるようになったのは、家に床の間が作られるようになった室町時代以降である。
武家では、床の間に具足(甲冑)を飾り、その前に鏡餅を供えた。鏡餅には、譲葉・熨斗鮑・海老・昆布・橙などを載せるのが通例となり、これは具足餅(武家餅)と呼ばれた。

和漢三才図会に掲載された御鏡
江戸時代1712年ごろ日本の百科事典として出版された和漢三才図会巻19には、天武天皇4年からの習俗として、「しとき餅」の項に「御鏡是也」と解説された祭餅の図がある。
これは、稗や黍餅のことで、稗(きび)団子の類。古人は黍や稗を多用したが、江戸時代には鏡に似せて糯米で円形に作るため、俗に御鏡と呼ばれたとある。
なお、「しとき」の名は、日本の先住民のアイヌ文化では、女性の装身具であるネックレスのペンダントヘッドに相当する円い金属の板(円鏡)の称でもある。
古事類苑に掲載された江戸前期の鏡餅は黒
明治29年から大正3年に百科事典として刊行された古事類苑‐歳時部‐歳暮‐餅搗の項に、江戸前期の京都周辺の民間の習俗を採録した「日次紀事」からの転載として、鏡餅についての解説がある。
関係箇所を要約すると、次のとおり。旧暦の12月末の夜に、倭俗として円型や菱瓢箪型の餅を搗き、それを神仏に供えたり母方の親族に贈ることを鏡を据えるという。
大きい円を鏡に似ていることから鏡と言い、その鏡餅の上に小さい円を載せることは義である。その形が天に相似ることから小さいものを星点という。
なお、星空に似る星点を乗せた鏡餅の色は黒かったようだ。1943年4月10日の大阪毎日新聞に、「昔でも代用食研究 食糧問題の史的意義 本庄商大学長講演」と題する記事があり、そこには、江戸時代の初期国民は一般に雑炊または黒米飯を常食としたと記されている。
また、江戸時代初期に活躍した松尾芭蕉の俳句に、「花にうき世我が酒白く飯黒し」がある。
明治時代の浮世絵に描かれた鏡餅は白
「血まみれ芳年」と称された浮世絵師月岡芳年が明治24年描いた作品に「金太郎蔵開絵」がある。
ただし、画中には「くら美良喜」と記されている。この明治期の浮世絵に描かれた鏡餅は白く、乾燥したようにひびが入っていて、その鏡餅を割ろうとする金太郎の手には、血のりの付いた斧が握られている。
そして、その金太郎の隣では、平安時代の装束の女性が鉢巻をして扇を持ち、金太郎に話しかけている。

飾り方
三種の神器または心臓を形とったとされる、丸い餅を使用する。
一般的には、大小2つの平たい球状の餅とダイダイが使用されるが、地域によっては違いがあり、餅が三段のもの、二段の片方を紅く着色して縁起が良いとされる紅白としたもの(石川県で見られる)、餅の替わりに砂糖で形作ったもの、細長く伸ばしたものを渦巻状に丸めてとぐろを巻いた白蛇に見立てたものなど様々である。
また現代ではダイダイの入手が難しい場合にウンシュウミカンで代用するケースも見られる。
また、三方に半紙を敷き、その上に裏白(羊歯の一種)を載せ、大小2つの餅を重ね、その上に串柿・干しするめ・橙・昆布などを飾るようになっている。
鏡餅の飾り方には地域によって様々であり、串柿が無い地域や、餅と餅の間に譲葉を挟む地域、昆布とスルメを細かく切ったものを米に混ぜて半紙でくるんだ物を乗せる地域などもある。
近年は、家庭内に飾ることの利便性と、後で食べる際の衛生面を考えて、鏡餅が重なった姿を型取ったプラスチック(ポリエチレン)の容器に充填した餅や、同様の容器に(個別包装された)小さな餅を多数入れ、プラスチック製の橙などとセットにした商品が多く、各餅製造会社より発売されている。
神仏に捧げる鏡餅を飾る場所として、床の間が最もふさわしいが、無い場合は、玄関から遠い、奥まった位置にするのがふさわしいとされる。
飾る期間
鏡餅を飾り始めるのは、早くても問題とはされないが12月28日が最適とされる事が多い。
「八」が末広がりで日本では良い数字とされているからである。大安(12月31日を除く)を選んで供える地域もある。
12月29日は、日本では「九」が苦しむにつながるので避けるべきとされる(逆に29を「福」と読み替えて、この日に餅を搗く地域も有る)。
12月30日はキリの良い数字なので悪くないと考えられている(但し旧暦で12月は30日までしかない為、旧暦通りならば「一夜餅」の扱いとなるので忌避される場合もある)。
12月31日に飾るのは、「誠意に欠ける」「葬儀の飾り方を連想する」などの理由により、「一夜飾り」「一夜餅」として忌避される。但し浄土真宗はこの限りでない。
神様への供え物なので、松の内に下げたり食べたりせず飾っておく。松の内が終わりお供えが終了した後は、飾ったままにせず下げる。
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