門松
正月に家の門の前などに立てられる松や竹の正月飾りのこと。松飾り、飾り松、立て松とも言う。
上り松、花迎、花伐、松ばやし、などともいう。この「松」により、山から歳神様(歳徳神)を迎え入れる事となる。
門松の設置は「松の内」に入る12月13日以降ならばいつでも良い。
設置期間
12月の13日(もしくはその後)に、山から松の木(枝)を取ってくる「松迎え」をおこなう。

ただし、クリスマスは避けて設置される傾向にあり、他に12月29日に飾るのは「二重苦」、さらに9の末日でもあるので「苦待つ」に通じるとされ、「苦松」といって忌む。
また12月31日に飾るのは「一夜飾り」「一日飾り」といって神をおろそかにするということから、それぞれ避けることとされている。

松の内の1月15日まで飾るのが伝統であるが、関東の一部などでは松の内を1月7日までに短縮しており、その場合は6日の夕方や翌7日に片づける場合が多い。
門松を片付けることを、松下ろし、松あがり、松払い、松引き、松送り、松納め、などという。
鳥総松(とぶさまつ)や留守居松といい、門松を飾ったあとの穴にその松の梢を立てる風習もある。
門松を片付けた後の正月は、松過ぎとよぶ。

新年の季語。古くは、木のこずえに神が宿ると考えられていたことから、門松は年神を家に迎え入れるための依り代という意味合いがある。
神様が宿ると思われてきた常盤木の中でも、松は「祀る」につながる樹木であることや、古来の中国でも生命力、不老長寿、繁栄の象徴とされてきたことなどもあり、日本でも松をおめでたい樹として、正月の門松に飾る習慣となって根付いていった。
能舞台には背景として必ず描かれており(松羽目・まつばめ)、日本の文化を象徴する樹木ともなっている。
また、地域の言い伝えにより松を使わない所もある。
新年に松を家に持ち帰る習慣は平安時代に始まり、室町時代に現在のように玄関の飾りとする様式が決まったと言われる。

飾り付け
現在の門松は中心の竹が目立つが、その本体は名前で解るとおり「松」である。
もともと、平安の貴族達が好んだ小松引きと言う行事で持ち帰った「子の日の松」を長寿祈願のため愛好する習慣から変遷したもので、現在も関西の旧家などでは、「根引きの松」という玄関の両側に白い和紙で包み金赤の水引を掛けた根が付いたままの小松(松の折枝は略式)が飾られる。
竹の先端部の形状は、斜めに切った「そぎ」と、真横に切った「寸胴」の2種類がある。「そぎ」は徳川家康が始めたもので、徳川家康の生涯唯一の敗北として知られる「三方ヶ原の戦い」(1572年)のあと、対戦相手の武田信玄に対して、次は斬るぞという念を込めたのが始まりという説がある。
江戸期の門松は現在と異なり、松の先を切らずに地面からそのまま家屋の二階屋根まで届くような高さのものが飾られていた。

↑ 神社の門松 個人住宅の紙の門松(町会で配布) ↓
仙台藩の武家では、松の枝を括り付けた高さ3m程のクリの木を門の両脇に立て、その間に竹を渡してしめ縄と藁の飾りをかけるという物だった。
生花店やホームセンター、造園業や工務店などで作られ、設置・撤去まで一括でおこなうサービスもある。生花を利用するので翌年に使い回しはできないが、造花を使用する門松もある。
近年は年末年始の警備員が居ない状況下での危険を避けるため、繁華街の店舗用などでは先が尖ってない門松を置く事が多くなっている。
また大型商店やオフィス街では、初売りや正月は無人に近くなる都心の事情などにより、本格的な門松が置かれるのが大晦日や元旦になる場合がある。
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