立地と構造
この場所は、宗教的な理由からナイル川の西側で、首都メンフィスに近いなどの理由から選ばれたとされる。



 

大ピラミッドは石灰岩製の石板を並べて作られた基壇の上に建てられ、その底面の誤差は水平2.1cm、南北の方位0度3分6秒、側面長さ4.4cmという驚異的な精度で建造されている。


 

岩盤の上に正確に水平な基壇を作った理由はスネフェルのピラミッドの失敗を教訓にしたものと考えられる。


 

大ピラミッドは完成時には化粧石で覆われ綺麗な四角錐であった。

 

化粧石はナイル対岸のトゥーラから運ばれた良質な石灰岩で、完成時には白く輝いていたと考えられているが、イスラム時代にカイロの街をつくるための建材として剥がされ、底部に一部が残るのみである[。


 

また頂部のピラミディオン(キャップストーン)も失われている。現在は化粧石の下地であった裏張り石が露出しており、表面は階段状でその総数は203段である。


 

石材は1つ平均で2.5t程度とされ、230万個の石材が使用されていると推定される。1段あたりの高さは段ごとにまちまちで、35段、44段、67段、90段などいくつかの段に大きな石が使われているが、その理由は分かっていない。


 

ディーター・アルノルトは、大きな石は内部にあるコアの階段状になっている位置を示すとの仮説を立てている。石材同士はモルタルで接着されているが、これは建造時に梃子をつかって滑らせて移動する際の潤滑剤の役割もあったと考えられる。


 

大ピラミッドの構造はその中心となるコアがあるとする説があり、特に上昇通路が貫通しているいわゆる帯石はその境界とする見解がある。


 

実際に同時代のピラミッドはコア構造をしており、その蓋然性は高いが、実際の構造は確認されていない。


 

また、大ピラミッド全体が四角い石を積み上げたのではなく、内部には不揃いな小部屋が複数あり、その中に充填材を詰め込んだ構造だと考えられている。


 

現在、北東の角の地上から80m程の高さの位置に窪みがあり、その隙間から洞窟状のスペースに入ることが出来る。

 

 

これを実見した河江肖剰は、この場所を充填材を詰め込んだスペースが露出した場所だと推測している。


 

内部構造
大ピラミッドの内部は、多くのピラミッドの中でも特異な構造をしている。この構造は当初からの計画であったか、あるいは幾たびかの設計変更が加えられたのか、諸説あるが結論は出ていない。


 

ボルヒャルト・ルートヴィヒは最初に玄室に計画されたのが地下室で、次に女王の間、最後に王の間と3段階に計画が変更されたとしている。

 

これに反対し単一の計画で作られたとする研究者にはヴィート・マラジョッリョやライナー・シュターデルマンらが居る。


 

入口
大ピラミッドの入口は、他の多くのピラミッドと同様に北面にある。正規の入口は基部から19段目にあり中心軸から7.29m東にずれている。また、塞がれている開口部の高さは1m足らずである。


 

現在の観光客の入口は、9世紀のカリフのアル=マムーンが掘ったと伝承されている盗掘口で、地上から7mの高さにあけられている。


 

そこから水平に伸びるトンネルは、伝承には火と酸を使って掘られたと記されている。このトンネルは本来の通路である、下降通路と上昇通路が交わる部分に続いている。