赤ピラミッド
エジプトのダハシュールにある古代エジプト・古王国時代第4王朝のファラオでクフ王の父でもあるスネフェル王が建設したピラミッドである。

 

 

三大ピラミッドなどとともにメンフィスとその墓地遺跡として世界遺産に登録されている。


 

スネフェル王が先に建設した屈折ピラミッドの約1キロメートル北方に建てられ、初めて直線のラインを持ち、壁面が二等辺三角形になっている方錐形の真正ピラミッドである。

 

 

高さはクフ王のピラミッド、カフラー王のピラミッドに次いで3番目に高い。


 

高さ104.4メートル、底辺218.5×221.5メートル、傾斜角度は43度19分。名前のとおり表面の花崗岩が赤く見えることから名づけられた。

 

 

最初から赤かったのではなく、建設当初は白い石灰石に覆われていた。しかし、その大部分が持ち去られ、現在は基礎部分にその一部が残るのみである。


 

歴史
このピラミッドは、スネフェルが建築した中で最後に当たる5番目のもので、4番目に建設した屈折ピラミッドのすぐ脇に建設されている。

 

 

工事はスネフェルの治世30年に始まり、ピラミッドの落書きより建設に10年7か月を要したと考えられる。


 

構造
赤いピラミッド平面図
高さは約104メートルあり、エジプトのピラミッドとしては3番目に高い。

傾斜は43度19分と非常に緩く、底辺は220メートルもある。

 

エジプトにある同規模のピラミッドと比べると、潰れたような外観になっている。この傾斜は屈折ピラミッドの上層部分と同じ角度である。

 

また現在の外観を構成している岩は、三大ピラミッドで使われているものよりも小さい。

 

 

赤いピラミッドの内部構造
北壁の地面より28メートルのところに入口があり、中に入ることができる。奥の部屋に至る通路と、その途中に3つの部屋のような空間が存在する。

 

内部に装飾は一切なく、巨大な岩を組んで作成されている。内部に埋葬跡らしきものは見つかっていない。

 

 

スネフェル
古代エジプト・古王国時代のファラオで、エジプト第4王朝の創始者である。在位は紀元前2613年から紀元前2589年。


 

彼の父はフニという説があり、異母妹とみられるヘテプヘレスと結婚した。この説では、ヘテプヘレスが正室の、スネフェルが側室の子とされている。この結婚によって、スネフェルは王位を相続した。


 

スネフェルとヘテプヘレスの間の子供には、エジプトで最大のピラミッドを作ったクフがいる。

 


 

スネフェルは、実はクフよりも沢山ピラミッドを作っている。

 

彼が最初に手がけたのはメイドゥームにある父フニのもので、階段ピラミッドから初めて真正ピラミッドに作り直させた。


その後、すぐそばに自分のピラミッドも作った。さらにダハシュールに屈折ピラミッドと赤いピラミッドを作った。

 

メイドゥーム近くのセイラにある小さな崩れピラミッドもスネフェルが作ったと考えられている。



スネフェルの作ったピラミッドはどれもクフの作ったギザの大ピラミッドよりも小さいが、スネフェルがピラミッド建設に使った石の総体積は、全てのファラオの中で最大である。

このような巨大な建造物をいくつも作ったにもかかわらず、彼の治世についてはあまりよく伝わっていない。



パレルモ石の銘によると、エジプト人は既に質の良い木材を国外から輸入しており、スネフェルはレバノンから40隻の船でヒマラヤスギを買っていたとされている。


 

また彼は貿易と戦争などの目的のためシナイ、ヌビア、リビアで船を建造させた。当時の生活の様子はエジプト中王国時代に書かれたウェストカー・パピルスで知ることができる。


 

言い伝えでは、スネフェルは賢く公正な支配者であった。確かに彼の統治時代は後に黄金時代と見なされている。ピラミッドの建設が一気に広まったように、彼の時代がエジプトの歴史の分岐点となったのは明らかである。