かわせみ
「かわせみ」は,子供を肩車して角材を回す。子供を肩に乗せているところが鳥の「かわせみ」に似ているため,この名がついたといわれる。
↑ 肩車(かわせみ) ↓
演技のころあいをみて肩の子供はわざと水中に落ちる。そしてかねてふところに忍ばせておいたひよっとこの面を水中でかぶって出てくる。
このところは花かご乗りと同じ。角材に引き上げられた子供は,ここで馬鹿踊りをやる。近年は,子供がいなく本来のものはおこなわれない。形だけのものになっている。

角乗りの演技中は、岸の上で囃子連が景気の良い「葛西囃子」を演奏しているが、技がより高度なものになっていくにつれ、囃子のテンポも速くなっていき、おおいに気分を盛り上げる。

江戸時代の角乗り
木場の角乗りが一体、江戸時代のいつ頃から始まったのかはよくわかっていないが、1600年(慶長5年)に多摩川の六郷橋を架け替えた時に、それが上演されたと伝えられている[江東区総務部広報課(編),1987c:p.239]。
それが事実だったとするなら、角乗りの歴史は思いのほか古くにさかのぼり、早い段階でその芸能化を完成させ、人に見せるものになっていたらしいということになる。

寺門静軒の『江戸繁昌記』は、漢文で記された江戸の名物記で、1832年(天保3年)に出版されているが、その中に「角乗」という一項があるのは意外だ。大変難解な読み下し文なのだが、一部をここに引用してみよう。

伎極て危険、然も未だ曽って其の左股を夷(やぶ)り、右肱を折るを見ず。所謂る「厲(あやぶ)めば咎朦无き者」一面の水戯場、忽ち看る、一材木を鉤し出すを。伎丁突如、屐(げき)を着て木に乗る、棹を操って?(さき)へ出す。

遂に屐歯を用ひて材角を斡転す。転々幹し得て、波を揚ること漣如たり。往くを陽波と謂ひ、来るを陰波と謂ふ。大往き小来る。

材木は則ち直方大、屐歯は則ち跛(あしなえ)能く履む。大川を渉るに利(よろ)し、木道乃ち行はる。既にして梯子を木上に竪つ。一浮一沈水に随って上下す。

目隠し乗り
手拭の目隠しをしておこなう
↑ 手拭いで確り目隠しをする ↓
其の象船に檣を建るに似たり。丁便ち上行す。貞なれば吉にして階に升(のぼ)る。之を履むこと錯然たり、観者?音若(てきじゃく)、棟方に撓まんと欲す。
↑ 感を頼りに角材を移動 ↓
遂に其の角に晋み、身を把って平かに伏し、腹角と垢(つけ)ば則ち四足並びに開く。
(中略)旋々足を闔(ひら)いて直立し、四顧手を額にし、遠望の状を為す。
虎視眈々、臀株木に困(くるし)まず。
↑ 目隠し地乗りに喝采が ↓
乃ち一階を降って、手足復た開き、変じて大字の形を作す。大字の義も亦大いなる哉。又復た伏し、身を翻して趾を顛にす。象に曰はく、金魚尾を倒にす。

↑ 方向転換 ↓
却って校を履んで趾を滅し、遂に身を前に抛(なげう)つ。(中略)忽ち身を反して後に倒(さかざま)なり。
其の他数伎、或は大石を扛(あ)げ、或は肩輿(けんよ)を舁し、益々奇にして益々危し。今其の都下に鳴る、止(た)だ雷の百里に震するのみならず、観る者八卦より来る(以下略)。
↑ 目隠し地乗り ↓
出典・江戸東京歳時記をたずねて 2017年10月号 長沢利明より。
↑ 敢え無くドボン ↓















