乗客参加 
第一部の民族舞踊が終わると、2名の踊り手とスタッフ達によって乗客の手を引き寄せ、輪舞に参加させた。



 

これがひとつのクルージングのお客さまを退屈にさせないポイントのひとつであった。


 

 ↑ 熊本から参加の新婚さん ↓

 

このため踊り手の額からは滝のような汗がタラタラと流れていたのが非常に印象的であった。


 

多くの人々が輪を作り、中心を向いて円陣をつくり、 歌いながら時計回りに進んでいく踊りです。 


 

踊りはおおむね、 簡単な足さばきや手さばきをいくつか組み合わせて繰り返していくものです。

日本の風流踊や盆踊りもその一種とされる。


 

↑ 熊本から参加の新婚さん ↓

 

ギリシャの民族衣装
スカートファッション「キトン」という服を着ていました。男性が着用するスカートのような「フスタネーラ」



 

シルタキ
ギリシアを起源とする大衆舞踊で、1964年の映画「その男ゾルバ」のためにギオルゴス・プロヴィアスによって振り付けされたものである。シルタキはギリシアの伝統舞踊ではなく、ハサピコのゆっくりしたステップと速いステップとを混ぜ合わせたものである。


 

このダンスと、ミキス・テオドラキスによる伴奏曲とは、「ゾルバのダンス」と呼ばれることもある。

キトン
古代ギリシアの男女が用いた衣服のこと。
紀元前6世紀ごろ、従来の毛織物に代わってエジプトから輸入された亜麻布を使った衣服の総称。



 

↑ 都内から参加の親子3人組 岐阜から参加の母娘 ↓

 

女子の着付け方には大きく分けて二方式がある。従来のペプロスと同じ、上端を折り返して体に巻きつけ、両肩を留めて腰に帯を締めるドーリア式。

 

腕を出す穴を残して脇が縫われた二枚の布で体を挟み、肩から手首までを数か所に分けて留めた後、帯を占めて襷のように肩ひもを掛けるイオニア式。



時にはイオニア式キトンの上にドーリア式キトンを重ねることもあった。

男子の着付け方も、女子のドーリア式と同様の両肩を留めるものと、エクソミス(ἐξωμίς)といって左肩のみ留めるものがあった。


 

↑ 横浜から参加の私たちに次いで70代の高齢ご夫妻のご主人 ↓

 

女子のキトンは踝丈だったが、男子のキトンは腿丈がほとんどで、子供や軍人、旅装や羊飼い、猟をするときなどは膝上丈にして着ていた。ただ、男性でも身分の高い者や儀式などの礼装としては踝丈の長いものを使っていた。


 

色は白が多かったが、壁画などに染色を施されたものも見える。基本的に外套のヒマティオンより淡い色に染められた。

外套としては男女ともにヒマティオンと呼ばれるウールの一枚布を身に着けていた。短いヒマティオンはクラミスともいい、旅人や羊飼いが好んで着た。女性が着るクラミスはクラニディオンとも呼ばれる。

肩を止めるポルパイ(フィビュールとも)は安全ピンのように針が肌に触れない構造になっており、青銅製の簡素なものであった。

腰を締めるベルトについては、高位の男性は現代のものと変わらない革製で金属のバックルがついたものを用い、高位の女性も革製のもののほか飾り帯を使っていた。

 


 

ヤマハのシンセサイザー
一般的には主に電子工学的手法により楽音等を合成(synthesize:シンセサイズ)する楽器「ミュージック・シンセサイザー」の総称。

いろいろな音が作成・編集できる鍵盤楽器。電子楽器、音源と呼ばれることもある。

シンセサイザーの発明は、「ある時 誰かが 世界で初めて何かを発明し、その成果が後に世界中に広がった」という出来事ではない。



 

100年以上にわたる電子楽器の歴史の中で、多くの人々が試行錯誤を繰り返し、時としてほぼ同じものがあちこちで再発明されながら、技術の蓄積と概念の洗練が進み、途中、戦争による停滞や技術者の世代交代を挟んで、1960年代以降マイクロ・エレクトロニクスと共に急速な発展を遂げて、現在の形になった。

最初に登場したのは19世紀半ばに登場したミュージック・テレグラフという発電機や電話を応用した機械で、次に有線音楽配信を狙ったテルハーモニウムが登場。

20世紀初頭、真空管が発明されラジオやトーキーの実用化研究が本格化すると、ラジオ技術の一つであるヘテロダインを応用したテルミンや、トーキー技術 を応用したOptophonic pianoが登場した。

遅くとも1920年代初頭には楽器用低周波オシレータが登場し、それをリボンコントローラや鍵盤で演奏するトラウトニウムやオンドマルトノが登場した。


 

これらの楽器は後の改良の結果、現在ではシンセの祖先と見なされているが、登場当時は非常にシンプルでシンセと呼べる物ではなかった。

1930年代にはシンセサイザーの基本要素が出揃い、初期のシンセサイザー時代が開幕した。ただし当時のフィルターは、パッシブ回路が主流でその効果は緩やかなため 、1970年代アナログ・シンセのように強力な音作りの手段にはならず、むしろ他の補助的に使われる事が多かった。


 

この時期に登場したミニモーグのような機能と外観を持つ楽器(コンサート・トラウトニウム、ミクスチュア・トラウトニウム)もその一例である。

ポリフォニック楽器の分野では、当初はトーンホイール方式や ピックアップ方式が有力で、特に倍音加算合成をトーンホイールで実現したハモンド・オルガン は一大勢力となり、この分野で40年以上勢力を維持した。


 

電子楽器では「分周回路」と「フィルターによる減算合成」を組合せた新しい楽器が登場し、これ以降多くの電子オルガンが同方式をベースとした倍音加算合成を提供した。

ただし当時のオルガンの多くが採用した全鍵発音方式は、当時の実装技術では規模が巨大化しがちなため、個々の音響合成回路はごくシンプルに抑えられ、音色表現能力は限定された。