ソフトランディング(軟着陸)
航空機等が、緩やかに降下し地面に着陸をすることをいう。

宇宙開発においては月や火星などの衛星・惑星に探査機や着陸船をパラシュートや逆噴射などを用いて衝撃を和らげて着陸させること。
飛行機は着陸の際、「ドッスン」という音とともに着陸した次の瞬間にゴウ音をたててスピードを緩めていきます。
↑ スポイラーを上下に作動させ風の抵抗を受ける ↓
エンジンに装着されているリバース・スラスト・システム(逆噴射装置)、主翼に付いているスポイラー(制動板)、そしてタイヤに付いているブレーキシステムの三つを使用して、着陸直前に時速約200キロある飛行速度を、時速10キロまで一気に減速します。
反対語はハードランディング(硬着陸)。上記の意味から、景気動向の緩やかな変動の意味にも用いられる。
アテネ国際空港(正式名称:エレフテリオス・ヴェニゼロス国際空港、空港コード:ATH)は、ギリシャの首都アテネを代表する国際空港です。
日希関係
日希(にっき・日本とギリシャ)関係。
日本とギリシャは、1899年6月に日希修好通商航海条約が締結されたことにより国交が開始した。
その後、遅れて1918年には東京市にギリシャ公使館が設置され、本格的な交流が始まったものの第二次世界大戦を機に断絶する。
しかし戦後に国交が回復し、両国が互いの首都に置く公使館は大使館へと格上げされた。それ以降はあらゆる分野で友好的な関係を築いている。
外交
国交が樹立されて以来、第二次世界大戦による国交断絶を除いて平和的な友好関係にあり、政治的な連携を取る事も少なくない。
第一次世界大戦後の1919年のパリ講和会議では、戦勝国となった日本は人種的差別撤廃提案を提案しており、アメリカやイギリスが反対を示す中でギリシャは日本の提案を支持している。
また、日本がG4諸国と連携して国際連合安全保障理事会の常任理事国を参入を目指すに際し、ギリシャは日本の参入も支持している。
その他、両国はバルカン半島における平和維持への取り組みも行っており、ヨーロッパにおける重要な外交的パートナーである。

要人の往来に関しては、2002年に当時のギリシャ首相であるコンスタンティノス・シミティスがビジネスマンやジャーナリストの代表団を伴って訪日しているほか、ギリシャ議会議長のアンナ・プサルーダ・ベナキ氏が2005年に来日し日本科学未来館を訪れている。

一方で日本はEU-日本サミットの開催に際し、当時議長国であったギリシャを総理大臣の小泉純一郎が訪問している。

経済関係
2019年時点、対日輸入は623億円に上るのに対して、対日輸出は585億円であった。それ以前も、2013年を除き恒常的な日本側の輸出超過が続いている。
一方で、両者の差は確実に埋まってきており、ギリシャは依然として日本からの投資が少ない国であるもののギリシャに興味を示す企業は増えつつある。
おもな対日輸入品は船舶類、一般機械、自動車、自動車部品、二輪自動車で、主な対日輸出品はたばこ、石油製品、綿花、アルミニウム、果実等である。

文化交流
観光における交流は深い。ギリシャは日本でもよく知られた観光地であり、2014年の1月から9月までの日本人観光客は17,878人に上るなど、着実に観光客は増えつつある。
文化面では、かねてよりアレキサンダー大王などが日本で注目されておりその考古学展などが催されているほか、ギリシャの文学作品「ホメロス」が能の題目となるなど、学問・芸術で交流が進んでいる。
また、東京都などがオリンピックに意欲的な姿勢を見せている事もあり、ギリシャはオリンピックの発祥国としてスポーツ関連の交流も盛ん。
2009年には両国間の友好関係が110周年を迎え、大規模な文化展がそれに際して催されている。
2021年11月9日、ギリシャ初の日本庭園となるアテネ日本庭園の起工式が執り行われ、コスタス・バコヤニス・アテネ市長、中山泰則在ギリシャ日本大使、リリ・ジゴスルJTIギリシャ・マネージング・ディレクター、ギリシャ政府代表者らが出席した。
2022年7月5日にはアテネ日本庭園で開園後初の夏祭りイベントが開催され、バコヤニス市長、中山大使夫妻、ジゴスルJTIギリシャ代表、政府関係者、文化人らが出席した。
希土戦争の際の日本船に関する伝承
希土戦争とは、第一次世界大戦後にギリシャ王国とトルコの間に生じた戦争である。
希土戦争(きとせんそう)の際、イズミルを占領していたギリシャ人や、トルコ軍の迫害を恐れるアルメニア人らが船でギリシャへ脱出した。
各国の船が自国民を優先して乗船させるなか、日本の商船「Tokeimaru」が積み荷を投棄したり、トルコ側による難民への手出しを牽制したりしながら、約800人のアルメニア人やギリシャ人らを救出したと、生存者の証言や当時の報道で伝えられている。

この出来事は多くのギリシャ人の間で語り継がれており、2017年にはザホス・サモラダスによって「Tokei Maru」という名前の短編アニメ映画が制作された。
しかし、実はこの「Tokeimaru」に関する伝承については不明な部分も多く、どんな船だったのか、誰が船長だったのかなどが長らく判明していなかった。

ギリシャ近現代史の研究者である東洋大学の村田奈々子教授は、過去の船の記録を調べたり、船会社への聞き取り調査を行ったりした結果、1922年、東地中海に「Tokeimaru」と響きが似た「東慶丸(とうけいまる)」という船が渡っていたこと、当時の船長が現在の南知多町出身の「日比左三」という人物だったことが判明した。
また、知多半島に住む左三の親族とも接触し、左三の母親が熱心なキリスト教の正教会の信者だったことも突き止めた。







