初日からアクシデント前の順調編
1951年 日本初の機内食
日本の機内食の歴史は1951年(昭和26年)、日本航空国内線の初便(東京〜大阪〜福岡)にボックスサンドイッチ、紅茶、コーヒー等を調製、搭載したことに始まる。
1954年 国際線の運航開始
1953年(昭和28年)に東京空港サービス株式会社が設立され、野間口英喜が社長に就任し、東京ステーションホテルから機内食関連の業務が引き継がれる。
↑ 飛行ルート 成田からソウル上空へ ↓
これを手掛けたのがTFK創立者 野間口英喜である。当時、東京ステーションホテルで調製された機内食のサンドイッチと紅茶入り魔法瓶は銀座西8丁目の日本航空東京営業所に自転車で届けられ、そこから日本航空乗務員により羽田空港行きのバスで乗務員により運ばれていた。

Kiriチーズ
キリは1966年、フランス生まれのクリームチーズです。当時、チーズと言えば、味が強くて固くて、大人が食べるものというイメージ。
そこで、子どもが食べてもおいしいと思える味や食感を求めて、チーズ会社・フロマジェリーベル社が研究・開発を重ね「子ども向けのチーズ」として、キリが誕生しました。
キリのクリーミーでやさしい味わいは、またたく間にフランスの子どもたちの中で大人気に。
1980年代にはフランスを飛び出し、他のヨーロッパ諸国や中東、そして日本にも「子どもが楽しめるチーズ」として1983年に上陸しました。
↑ プリン的なデザート ↓
1954年(昭和29年)、日本航空が戦後初めてサンフランシスコ線の自主運航を開始した際にも、東京空港サービスで調製された機内食が提供されている。
当時の飛行機にはまだ機内食を加熱する電気オーブンが装備されていなかったため、紙製の食器を使用したコールドミールがサービスされていた。

1959年 東京フライトキッチン株式会社(TFK)の設立
1955年(昭和30年)に東京国際空港新旅客ターミナルビルが竣工し、運航便数が増加すると、機内食の需要が増え、東京空港サービス株式会社の事業所だけでは円滑に作業をすることが困難になってきた。

そこで、日本航空との共同出資による新会社として1959年(昭和34年)、「東京フライトキッチン株式会社(TFK)」が設立され、東京空港サービス株式会社の事業の中で、機内食調製・搭載業務が引き継がれた。
1960年 先進国にも誇れる本格的な機内食工場が完成。
東京国際空港の運航便増加による機内食需要の高まりにより、空港からの距離が遠い、これまでの工場では機内食の供給が難しくなってきた。

飛行データー
LOCAL TIME AT DESTINATION(目的地の現地時間)
22:05
LOCAL TIME AT ORIGIN(出発地の現地時間)
04:05
OUTSIDE AIR TEMPERATURE(地上気温や上空での機外の温度)
-42℃
飲料水SIWA(シーワ)
軟水のミネラルウォーター
軟水とは、カルシウムやマグネシウムの金属イオン含有量が少ない水のことである。逆のものは硬水という。
腐葉土や泥炭層の間を流れて出来たような水は軟水である。 日本の水は他国に比べて、硬度が低い。
日本の水道水は、硬度80未満の軟水が多く、南西諸島や、関東地方の一部、福岡県の一部を除く地域の水は軟水に属する。
河川の流域面積が少ない方が、ミネラルの溶解が少ないので、硬度が下がる。

軟水は金属石鹸(石けん滓)が出来にくく、硬度60の水と硬度1の水では、石鹸を溶かす能力に2倍の差がある。
軟水は、硬水に比べて泡立ちがよく、体を洗う時にぬめりを感じる。
一般的に和食やコーヒー、喫茶などの用途には軟水がよいとされている。
これは和食の出汁をとる時に昆布に含まれるグルタミン酸や鰹節のイノシン酸の抽出時に硬水に含まれるミネラルが悪影響を及ぼすからである。

コーヒーでは浅煎りのアメリカンでは軟水を用いることで、豆本来のよい香りとさっぱりした味を楽しむことができ、深煎りのエスプレッソでは、硬水を用いることで渋味の成分がカルシウムなどに結びついて、苦み、渋みが除かれまろやかさが増してコクが加わる。
酒造には水中のミネラルは糖をアルコールに変える麹菌を活性化させ、発酵が進みやすくなるため、すっきりした口当たりの、辛口の酒ができる硬水の方が適しており、軟水の方が甘口になる。
金属イオンが少ないことから、染色も均一に仕上がり、良いとされている。









