アロエ園

 

 

↑ 永郷展望台 大越園地休憩舎 

 

 

 

永郷小学校記念碑
碑文

八丈小島を望む大越が丘に昭和32年度より昭和49年度まで八丈町立永郷小学校が建てられていました。

小さな学校に大きな夢を持った児童が学んでいた場所でした。

児童数減少により昭和50年3月31日に閉校しました。

18年間の卒業生数98名 閉校時の在校生4名の学び舎でした。

この地が 素晴らしい学びの場であったことを 永く忘れないため ここに記念碑を建設します。



 

このあとに、校歌の一節があり、記念碑の題と寄贈者の名前などが記され、左の石柱には「旅立ち」、隣の四角いのには「アップル」という題があった。


 

「平成27年3月29日」という日付がある記念銘板は、浮き出しで彫り込まれている。

碑文に刻まれている製作者、金城靖子さんはこの学校の卒業生で、造形会を主宰する彫刻家である。


 

明治10年3月31日大賀郷地区大里の、宗福寺で開校。
初代校長は、京都見廻組に所属し、坂本龍馬暗殺に関わったとされる、今井信郎(のぶお)と言われています。今井は八丈島の教育に力を注ぎました。

明治36年3月13日現在地に校舎移転。

昭和16年4月1日国民学校となる。

昭和22年4月1日新学制で小学校となる。

昭和50年10月5日 台風13号により校舎大破。永郷小学校は、昭和50年に大賀郷小学校と合併しました。

昭和50年(1975)3月31日に閉校。
この碑は学校があった年月よりもずっと永い、閉校から実に40年も経った後で建てられている。


 

大越園地アロエ園
廃校となった永郷小学校の跡地に造られているアロエ園です。 

大越鼻灯台入口から都215号線を挟んだ道の反対側にあります。 


 

八丈富士の麓にある約30万株のアロエが群生する自然公園。12月上旬~2月にはアロエの赤い花が満開になります。

青い海とアロエの花、大越鼻灯台とのコントラストがすばらしく、夜は満天の星が見える星空スポットでもあります。


 

↑ 大越鼻灯台 アロエ園を一望できる展望台はトイレの屋上 ↓

 

 

大越鼻灯台
八丈島の最北端にある大越鼻灯台
付近は観光地というほどではないですが公園や見晴らしの良い休憩所がある。



 

八丈一周道路脇に駐車場もあるので車でのアクセスもしやすい。

 

灯台付近は特に何もなく草ボウボウで燈光会の看板があるぐらいで観光客はまず来ないだろう。


 

灯器は高照度LEDになっているので灯質等は変わったのかもしれない。明孤24゚~258゚50゚~70゚まで小島のため灯光が遮られる。


 

↑ 灯台と10月中旬のアロエ園 ↓

 

 

 

アロエ
ツルボラン亜科アロエ属の植物の総称。多年草または、低木および高木となる多肉植物で、現在までに500種以上が知られている。


 

↑ 10月中旬のアロエ園と2月見頃の同所()ウェブサイトより拝借 ↓

 

 

南アフリカ共和国からアラビア半島まで広く分布するが、とりわけアフリカ大陸南部、およびマダガスカル島に集中し分布する。




↑ 伊豆下田爪木崎のアロエ 2020‎年‎2‎月‎27‎日撮影 ↓

 

属名は、古代アラビア語のalloeh(苦みのあるの意)に由来し、葉に苦い汁があることににちなむ。

アラビア語でアロエを「ロエ」と発音したので、中国では漢字で音写した「蘆薈」とし、日本で音読みして「ロカイ」とも称した。



琉球方言ではこの漢字の中国風の発音「どぅぐゎい」と称する。 

エジプトやギリシャなどで紀元前から利用が確認され、日本には鎌倉時代に伝来したとされ、現在はキダチアロエ が九州、瀬戸内海、伊豆半島、房総半島などの海岸に逸出し帰化()(野生化)している。



 

流通しているものとしてはキダチアロエの他にアロエベラが多く、その他アロエ・サポナリア、アロエ・不夜城など多くの品種が食用のほか観賞用として栽培される。
 
アロエ属の科は分類体系によって変遷しており、APG体系の第3版ではススキノキ科とされている。過去にはユリ科、アロエ科、ツルボラン科とされたことがあった。 


 

伊豆下田 爪木崎 水仙まつり 野水仙群生地
爪木崎の敷地内には、花園があり、色とりどりの花々が四季をつうじて楽しめます。


 

花園の横の温室では、パパイヤ、ブーゲンビリア、バナナ等、亜熱帯植物をご覧いただけます。


 

爪木崎は、多様な海浜植物の宝庫としても有名です。
冬期の水仙はもちろんのこと、ハマダイコンやスカシユリ、イズアサツキ、ハマユウ、イソギク、ツワブキをはじめ、たくさんの美しい花々を四季折々に楽しむことができます。