沖縄料理
毎日何処かのテレビ番組で「〇〇グルメ旅」が放映されている。
偶々見ていた番組で「沖縄料理」が有った。
何度も沖縄の離島巡りをし、懐かしさもあり、町内に有る「沖縄料理店」での夕食に行きました。

沖縄県の郷土料理のこと。琉球料理とも呼ばれるが、この場合は琉球王朝時代の宮廷料理を指すことが多い。

↑ 飲み物メニュー ↓
琉球王国時代から連綿と続く沖縄の伝統的な「琉球料理」は、2019年に日本遺産として認定された。

沖縄県は日本本土と異なり平均気温が高く、四季が比較的不明瞭な気候であるため亜熱帯性の食材が多く見られる反面、冷涼な気候に適した食材は栽培・入手がしにくい土地柄である。

琉球ハイボール
ウイスキーをソーダ水で割ったものが元祖であるが、広義ではスピリッツ、リキュールをソーダやトニックウォーターなどの炭酸飲料や、フレッシュジュースなどアルコールの含まれていない飲料で割ったもの全般を指す。
日本では焼酎やウォッカなどをベースとしたカクテルを焼酎ハイボールと呼んでいる。

「琉球ハイボール」は、純度が高く、くせの少ないスピリッツと石垣島の高嶺酒造所で製造した豊かな味わいの琉球泡盛「於茂登 炎」で仕上げたライト系チューハイです。
沖縄の青いサワーは、沖縄の青い海と空をイメージした色合いが特長で、サイダーのようなほどよい甘さと爽やかな炭酸の喉越しが楽しめる、夏にぴったりの清涼感ある味わいに仕上げてある。

ジーマミー豆腐
落花生を使った沖縄県や鹿児島県の郷土料理。
ジーマーミ(漢字では「地豆」)は琉球語で落花生を意味し、地域によってジーマミーなどとも言う。南西諸島以外ではピーナッツ豆腐、落花生豆腐、だっきしょ豆腐とも呼ばれる。

海ぶどう
クビレズタ(括れ蔦,括岩蔦)とはイワズタ科イワズタ属に属する海藻。
和名はもと、くびれのあるツタの意味で「クビレヅタ」であったが、2000年に改定された日本産海藻目録より「クビレズタ」に改められた。

最新である2005年改訂版でも「クビレズタ」となっている。
その形状から海ぶどうやグリーンキャビアと呼ばれている。
生で、醤油や三杯酢等をタレのように浸けながら食べる。刺身の付け合わせにもされる。

鯛の兜焼き
魚の頭を使った焼き物のことで鯛を照り焼きにした料理。
魚の頭を半分に割ったものを塩焼きにし、木の芽や粉さんしょうを仕上げに添えると香りが楽しる。
鯛とは
スズキ目タイ科の海水魚で「めでたい」という事から縁起物として祝い事に尾頭付きで用いられる。
一般的によくスーパーに出回っている種類は
真鯛(マダイ)
赤甘鯛(アカアマダイ)
糸縒鯛(イトヨリダイ)
金目鯛(キンメダイ)などがあります。
↑ 出されたのは鯛の王様の真鯛を使った兜焼き ↓
鯛というのは食べられない場所がほとんどない優秀な食材です。目玉も例外ではなく、食べることができます。
↑ 鯛の目玉 ↓
目玉に多いプルプルしたゼラチン質のものはコラーゲンで、肌や血管、骨や臓器など体を構成する様々な部位に使われています。
ただ鯛を塩焼きにするにせよ煮付けにするにせよ、目玉が真っ白くなるまでしっかり火を通してくださいね。白くなっていなければ加熱不足ということです。
崎山酒造 松藤
明治38年首里赤田で創業。
以来、積み重ねてきた泡盛造りの伝統と技術。昭和21年、天然水の恵みを得たこの地に根を下ろして70年余になる。
琉球泡盛
沖縄の地で生まれ育ったお酒「泡盛」は、香りよく味わい深く、個性的でありながらどっか人懐っこい魅力的なお酒です。

↑ 琉球泡盛 松藤 ↓
「麹菌は黒麹菌のみを使う」「原料の米すべてを麹にする全麹仕込み」「もろみ仕込みは一回のみ」「単式蒸留酒で一回の蒸留」。
これら4つの特徴を受け継ぎ600年変わらぬ製法が、泡盛ならではの香りと芳香な味わいを醸し出し、熟成の素を生み出している。
泡盛は、日本の琉球諸島で造られる蒸留酒である。
米を原料として、黒麹菌(アワモリコウジカビ)を用いた米麹である黒麹によってデンプンを糖化し、酵母でアルコール発酵させたもろみを単式蒸留器で蒸留して製造する。
酒税法上は、単式蒸留焼酎(旧焼酎乙類)または原料用アルコールに分類される。3年以上貯蔵したものは古酒(クース)と呼ばれる。
琉球では泡盛のことを伝統的に「サキ」と呼んでいた。
1720年に清の冊封副使として来琉した徐葆光は、その滞在記録「中山伝信録」で琉球の酒を「サキ」と記している。
19世紀に琉球を訪れた欧米の船舶の記録でも、泡盛は「サキ」と表記されており、この名称は長らく一般的なものであった。
「泡盛」という名称は、江戸時代前期の1671年に琉球王国中山王から徳川将軍家への献上品目録に「泡盛酒」と見えるのが最初である。

これに先立って、1660年の島津光久から江戸幕府第4代将軍徳川家綱への献上品の中にも「泡盛」と記された例がある。
それ以前にも献上は行われていたが、「琉球酒」「焼酒」「焼酎」といった名称が使われていた。
島津氏を藩主とする薩摩藩は、1609年の琉球侵攻により琉球王国を附庸国としており江戸幕府への献上は薩摩藩を通じて行われていた。

薩摩藩では琉球から伝わった蒸留技術を用いた焼酎づくりが盛んになったが、そのような焼酎も「泡盛」と呼ばれることがあった一方、琉球産の酒も「泡盛」「琉球酒」「焼酎」「焼酒」等と様々に呼ばれていたものが、元禄年間頃に琉球産の酒については「泡盛」という名が定着し、「焼酎」と明確に区別されるようになったと考えられている。










