日本武尊の像
ヤマトタケル像とも呼ばれ、1880年(明治13年)に建てられた銅像です。
身長が約5.5メートル、重さは約5.5トン(5.500キログラム)、台石の高さは約6.5メートルあります。

 

日本武尊像は、1877年(明治10年)の西南戦争で亡くなった、石川県の兵士の慰霊のために作られ、戦争で戦った兵士を、伝説上の英雄であるヤマトタケルになぞらえています。




ヤマトタケル像は、人物像としては日本最古の銅像で、銅像を支える台石の下には、セメントなどではなく、自然の石が使われています。

 

ヤマトタケル像が崩れない理由は、互いに仲が悪い「ヘビ」「カエル」「ナメクジ」に似た自然石が配置されていて、お互いにすくみあって(三竦み)身動きできないから、という言い伝えがあります。

三竦みとは、三つの者が互いに得意な相手と苦手な相手を一つずつ持つことで、三者とも身動きが取れなくなるような状態のことである。つまり、AはBに勝ち、BはCに勝ち、CはAに勝つ、という関係。例えばAがBを倒した場合、Cに倒されるのがわかっているので動くことができない。

 

明治紀念之標(めいじきねんのひょう)は1880年(明治13年)に建立された、石川県金沢市の兼六園内にある日本で最初の西洋式銅像。

 

1877年(明治10年)の西南戦争戦没者の慰霊のために建設された。


自然石を積み上げ、その上に九州熊襲を討伐したとされる日本武尊の像を置いている。

石積の部分には「ナメクジ、蛇、ヒキガエル」の形の岩があり、三すくみが表現されている。

1988年(昭和63年)に安全性の調査が開始され、台座等に亀裂が発見された。1992年(平成4年)にかけて修復工事がなされている。



この銅像には「鳥が寄り付かない」と言う逸話がある。
金沢大学教授の廣瀬幸雄の「ハトを寄せ付けない銅像の科学的研究」の結果、銅像にヒ素が含まれていることが判明した。
同研究は2003年(平成15年)にイグ・ノーベル賞を受賞した。


歴史 建立の経緯
1877年(明治10年)、西南の役で戦没した石川県出身の政府軍兵士400余名の慰霊のため建立された。

1880年(明治13年)7月に着工し、10月に竣工した。西南の役には徴兵による第七連隊兵士、近衛鎮台に所属していた石川県の士族、募兵により編成された新撰旅団の石川県士族が加わっていた。

銅像設置にかかった費用は銅像に3,000円余、運搬費に1,080円、その他合計総工費10,100円であった。



 

その後
この標ができた時には、銅像という言葉はなく、地元・金沢の人たちには「公園の金仏さん」と呼ばれていた。

日清戦争から第二次世界大戦終戦にいたるまでの戦争では、多くの銅像や金属類が供出され、兼六園からも加賀藩14代藩主前田慶寧の銅像も供出されたが、明治紀年之標は供出されなかった。

理由は定かではないが、日本武尊を天子とみたからではないかと見なす考察がある。



 

制作後77年目の1957年()(昭和32年)7月7日午前7時に人間に準えた喜寿祝いが行われ、77歳の高齢者7人を招いて、記念式典が行われた。

当時、腐食していた銅像の右目の修理が行われており、この喜寿祝いに合わせて開眼式も行われた。


 

建設から110年近く経った1988年(昭和63年)、安全性を調査し、調査結果にもとづき、全面的に解体し修理することになった。修理工事は1992年(平成4年)3月に完成した。

この修理工事の際、日本武尊は日本刀を下げていたが、日本武尊が生きていた時代には日本刀は存在しないため、直刀を下げていることが正しいことが判明した。

しかし、議論の結果、建設当時のものを崩さずそのまま日本刀を持たせることとなった。


 

俗信
次のような迷信が語られている。

息を止めて像の周りを3周すると、願い事が叶う。

像の鼻の孔から覗いて空が見えたら、試験に合格する。

像の後頭部に小さな穴があり、鼻の孔から覗くと空が見えることを旧制四高(第四高等学校)の学生が発見し、ゲン担ぎとして広まったもの。

1990年(平成2年)の台座の改修工事の際、あわせて孔がふさがれたため、その後は鼻の孔を覗いても空を見ることはできない。


 

ヒメリュウキンカ(姫立金花)
ヒメリュウキンカは、ヨーロッパからアジアに分布するキンポウゲ科キクザキリュウキンカ属の多年草です。

 

 

分布域は、北アフリカからヨーロッパ全土、トルコ~ロシア東部に至り、牧草地や草原、道路脇、森林地帯など広範囲に自生しています。

強健な性質と美しい花を持つことから世界で広く栽培されており、逸出したものが多くの地域で帰化植物として定着しています。



 

特に北アメリカでは広い地域で野生化しており、侵略的外来種として幾つかの州での栽培が禁止されています。

日本への渡来時期は不明ですが、同様に各地で野生化しているのが確認できます。



 

キクザキリュウキンカの和名を持ちますが、主にヒメリュウキンカの名前で呼ばれています。
リュウキンカの名前が付きすまが、リュウキンカの仲間ではありません。


 

リュウキンカは同科キンポウゲ科の植物ですが、リュウキンカ属に分類されており、ヒメリュウキンカとは別属の植物となっています。

また、以前はキンポウゲ属(ラナンキュラス属)に分類されていましたが、現在では本種を含む4種がキクザキリュウキンカ属として独立しています。


 

ヒメリュウキンカの花期は3月~4月。
花期になると、伸びた茎の葉の付け根から花柄を長く伸ばし、頂部に花を咲かせます。

花は直径2~5㎝程度の大きさで、7~12個の花被片があります。
花被片は通常黄色で、美しい光沢を持ちます。

花色は黄色の他、白、バイカラー。
基本種は黄色の一重咲きですが、八重咲き品種も流通しています。


 

根生葉は幅1~4㎝の心形で全縁、長い葉柄を持ちます。
茎葉は根生葉よりも小さく、浅い切れ込みが入ることがあります。花を咲かせながら草丈10~30㎝に成長します。

耐寒性、耐暑性共に優れており、強健な性質です。放任でもよく花を咲かせ、よく増えます。
夏休眠性で晩秋から早春に葉を出し始め、初夏には地上部を枯らせて休眠します。