猛暑日のランチ
ホオズキ市の10日、東京 練馬区で37.8度、ホオズキ市から帰宅後馴染みの蕎麦屋へ。
蕎麦屋のカレーやラーメンは美味しい店が多いしメニューが豊富だ。今日は蕎麦ではなく冷やし中華を食べた。

↑ テレビは都心の猛暑日をツタへて伝えている ↓
冷奴
豆腐を使った料理の一つ。奴豆腐()(やっこどうふ)、略して「やっこ」ともいう。主に、肴や夏向きの料理として食べられる。
冷やした豆腐(絹ごし豆腐、木綿豆腐の双方が使用される)の上に薬味を載せたり、調味料を使用して食べる日本の料理である。
豆腐は数センチメートル角か、あるいは近年は一人分の大きさの直方体に切る。
薬味や調味料は様々なものが使用され、薬味は刻みネギ、削り節、おろしショウガ、ミョウガ、青じそのみじん切り、ダイコンおろし他、調味料は濃口醤油、唐辛子味噌、その他のタレなどである。
また、オクラ、納豆などを載せて食べる事もある。
歴史
江戸時代の豆腐百珍においては、「一般的に知られているので料理法は記すべきほどではない」とされていることより、それ以前より広く知られていたと考えられる。
語源
江戸時代に武家に使えた者の中で最も身分の低い「奴(やっこ)」と呼ばれる者達が着ていた着物の柄が四角柄だったため、それを連想させる四角い豆腐を奴(やっこ)と呼んだ事に由来する。
他の説としては、食材を大きく四角に切ることを「奴に切る」ことに由来するとする説、「冷やっこい」から転じたものであるとする説がある。
ただし、豆腐以外の食材を「奴に切る」とは言わず、一方は駄洒落をこじつけた珍説に過ぎない。
石川県や関西地方の一部ではショウガではなくカラシをのせるほか、山形県では郷土料理の「だし」をのせるなど、地方独自の食べ方もある。
冷やし中華と冷やしラーメンの違い
冷し中華とは、冷やした中華麺を使った料理の一種。

野菜、叉焼やハム、錦糸卵などの色とりどりの具材を麺にのせて、冷たいかけ汁を掛けて食べる、夏の麺料理として日本各地で食べられている。

地方によって、呼び方に相違がある。
この「地方」の一つが北海道。
北海道では全国で冷やし中華とされる料理を「冷やしラーメン」と呼ぶのです。

冷しラーメンとはその名の通り、冷たいラーメンの事。スープも麺も冷たく、氷を浮かべることもある。
冷やし中華とは異なり、通常のラーメンと同じようにたっぷりのスープに麺が浸されている。冷やし中華のように酸味は強くない。

冷し中華
茹でた中華麺を冷水で「シメる」のが特徴で、深めの皿全体に麺をなだらかに盛り、具として細切りにした、肉類(ハム、叉焼、蒸し鶏など)、錦糸卵、夏野菜(キュウリやトマトなど)を放射状に彩り良く配し、かけ汁(醤油と酢あるいは芝麻醤(ゴマだれ)など)をかけた料理。

中国の冷やし麺「涼拌麺(涼麺)」をルーツに持つとされるが、味も作り方も大きく異なるものであるため、一般的には日本発祥の料理とみられている。
地域や作り手によるバリエーションが豊富で、具は旬の物ならなんでも登場し得る。中心や周縁にプチトマトやウズラ・飾り切りゆで卵などのワンポイントを配する事も多い。

薬味も、辛子、わさび、紅しょうが、マヨネーズなど、これも多様。
家庭食、中食、外食ともに夏期、それも昼食として食される傾向が見られ、夏の風物詩として7月の季語になっているほか、中華料理店などでの「冷し中華始めました」という貼紙も知られている。

地方による特色
北海道では「冷やしラーメン」と呼ばれる。
岩手県では「冷風麺」と呼ばれる。盛岡冷麺と区別するためと思われるが、統一されているわけではない。

「みちのく三大冷し麺」とされる山形「冷やしラーメン」は、ここでいう冷やし中華とは異なる。
東海地区ではマヨネーズを添えることが多い。
西日本地方、特に関西では「冷麺」と呼ぶことが多い。
広島県 呉では、麺に平麺を使用する(呉冷麺)。
韓国では「冷ラーメン」と呼ばれる。
中国では「日本式涼拌麺」と呼ばれる。
台湾では「日式中華涼麺」と呼ばれる。

発祥
発祥地とされる店は2つある。一つは東京都千代田区神田神保町の揚子江菜館、もう一つは仙台市青葉区錦町の龍亭である。

1929年(昭和4年)に発刊された「料理相談」(安東鼎編、鈴木商店出版部)という本には冷蕎麦(ひやしそば)の一項があり、シナそばを茹で、酢、砂糖、氷をまぶし、その上に叉焼、キュウリ、ラッキョウ、タケノコを乗せ、冷スープ、醤油、酢、コショウをかけるとの記述がある。
1936年(昭和11年)に発行された雑誌「栄養と料理」には三絲涼麺(サンスーリャンメン)として鶏肉、焼豚、キュウリ等を細切りにして、水にさらした麺の上にのせ、酢、砂糖、醤油等のタレをかける料理が紹介されている。

揚子江菜館(五色涼拌麺)
他方、細切りの具を彩りよく盛った現代風の冷やし中華の原型は五色涼拌麺(五目冷やしそば)として東京の神田神保町の揚子江菜館で第二次世界大戦後または1933年(昭和8年)に創作されたとされている。

2代目オーナーの周子儀が、上海で食べられていたもやしと細切りの肉を冷した麺に乗せて食べる涼拌麺とざるそばから着想を得たとされる。
様々な細切りの具を皿の中心から放射状に盛る独特の形式は富士山とそこに積もる雪をイメージして作られた。

龍亭(涼拌麺)
仙台市錦町の龍亭では、冷し中華・冷麺が発売されたのは、1937年(昭和12年)のこととされる。

仙台支那ソバ同業組合」(現・宮城県中華料理環境衛生同業組合)の会合で、中華料理店共通の問題である夏の売り上げ低下の解決法、及び、多数の観光客が集まる仙台七夕の際に売れる目玉商品の開発について話し合われた。

そして当時の組合長だった龍亭店主を中心に、龍亭が閉店した後に集まってざるそばを元に新メニューの開発を行った。
それは現代の冷やし中華とは異なり、湯がいたキャベツ・塩もみきゅうり・スライスしたニンジン・叉焼・トマトを上に乗せた物だった。

戦中・戦後の食料難の間メニューからは消えたが、昭和20年代後半になって復活し、1965年(昭和40年)まで当初のスタイルを踏襲していた。
その後徐々にスタイルを変化させているはいるが、現在でも龍亭は錦町で営業を続けており、改良された冷やし中華を看板メニューにしている。
また、仙台市では他地域と異なり、冷やし中華は年間を通して提供されている。
その他
また、京都の「中華のサカイ」は、創業時(1939年)より、ゴマだれを使った「冷麺」(関西および西日本での「冷し中華」の呼称)をメニューに載せており、関西では、関東以北の「冷し中華」とは異なり、独自に発展したとする説もある。

異説として、戦後、寿がきやが心太(ところてん)のつゆ(三杯酢)を冷やしたラーメンに掛けたのが今のスープによる冷やし中華・冷麺の発祥とする説もある。
冷やしラーメン
その名の通り冷たいラーメンであり、スープも麺も冷たく、氷を浮かべることもある。
冷やし中華とは異なり、通常のラーメンと同じようにたっぷりのスープに麺が浸されている。
スープは醤油味が一般的で、冷やし中華のように酸味は強くない。
なお、北海道では冷やし中華のことを冷やしラーメンと呼ぶこともある。
東洋水産がマルちゃんブランドとして販売している「冷しラーメン」も冷やし中華である。
山形県のものがよく知られているが、それ以外の地域で考案された「冷やしラーメン」もある。









