長瀞の明神の滝
落差10mの分岐瀑である。
中国揚子江の名勝地に因んで名付けられた秩父赤壁と呼ばれる約100メートルの高さの絶壁があり、流れ落ちる明神の滝の姿を川下りで見ることができる。
明神の滝と言われる滝はパワースポットとして若い人にも人気です。

東屋・四阿(あずまや・しあ)
四阿(あずまや、しあ)、東屋(あずまや)とは庭園などに眺望、休憩などの目的で設置される簡素な建屋。「四阿」の「阿」は軒の意味で、四方に軒を下ろした寄棟、宝形造などの屋根を持つ建造物を意味する。唐風に「亭」(ちん)とも呼ばれる。和語の「あずまや」は東国風の鄙俗な建屋を意味する。

構造
柱だけで壁面をほとんど持たないか、持っていても簡素な造りのものが多い。開放的で眺望に優れるため、大名庭園や神苑、池の畔などに休憩所として設営された。
屋根は寄棟など四方に軒を下ろしたもののほか、六角形や八角形の屋根を持つ宝形造のものが多く見られる。中国では寄棟造を「四阿頂」という。

風景を楽しむ場所のみならず、建物それ自体が庭園の風景にとけ込み、意匠として風景に雅趣を加えることもある。
屋根は藁葺き、茅葺き、板葺きが多いが、瓦葺きや桧皮葺きの屋根を持つものもある。
広さは4~5人が入れる程度のものであり、座席や欄干を設けることもある。

現代建築としては、公園や観光地に設置される西洋風の四阿(英語で「ガゼボ」という)が馴染み深い。

2019年10月6日岩畳の対岸が崩落
南鳥島近海で発生した台風第19 号は、マリアナ諸島を西に進み、一時 大型で猛烈な台風に発達した後、次第に進路を北に変え、日本の南を北上し、大型で強い勢力で伊豆半島に上陸した。
長瀞一帯は日本の地質学研究の重要拠点として数多くの学者を育てる現場の役割を果たすこととなり、長瀞は「日本地質学発祥の地」といわれるようになった。

観光
長瀞渓谷をはじめとする数々の観光名所を有し、「秩父の赤壁」「関東の耶馬溪」という別名を持つ。

長瀞渓谷 - 国の名勝及び天然記念物
天然記念物とは、動物、植物、地質・鉱物などの自然物に関する記念物である。天然記念物に対して、人間の文化活動に関する記念物を文化記念物(人文記念物)と言う。

日本においては文化財保護法や各地方自治体の文化財保護条例に基づき指定される。韓国・北朝鮮では、日本の施政下で施行された「史蹟名勝天然紀念物保存法」を基にした天然記念物の制度が定められている。

ほか、天然記念物の保護思想が発展してきたドイツやアメリカ、スイス等の西欧諸国にも、生物種の指定制度はないが天然記念物の保護制度がある。
岩畳(いわだたみ)
三波川変成帯と呼ばれる変成岩帯が地表に露出しているところ。なめらかな壁面は、南北方向にのびる垂直の割れ目(節理や断層)に沿って、岩がはがれ落ちて形成されたと言われている。
秩父赤壁(ちちぶせきへき)
荒川による侵食のため急な崖で、特に岩畳付近の対岸のことを指す。中国揚子江が刻んだ「赤壁」に因んで名付けられた。黒色片岩中の鉄分が染み出し、酸化したため赤くなったという。
ポットホール
荒川の急流が屈曲部で渦をつくり、岩石の河床の凹部に閉じ込められた礫や小石が河床をすり鉢状に削り取ったもの。大きいものでは大人がすっぽり入れる(約1.5メートル)ほどのものもある(長瀞町井戸)。
虎岩とらいわ)
表面の紋様が虎の毛皮のようになっている幅15mほどの結晶片岩(スティルプノメレン片岩)。
茶褐色の鉱物・スチルプノメレンや白色の石英、方解石、エメラルド色の長石、からなる模様からこの名前がつけられたという。地中深くでできた褶曲が見られる。
長瀞らいんくだり岩畳案内所
Aコースの下船地。
Bコースの出発地。
1916年(大正5年)、宮沢賢治は盛岡高等農林学校の実習で長瀞を訪れた際、虎岩を次のように歌っている。
つくづくと「粋なもやうの博多帯」荒川ぎしの片岩のいろ
2003年(平成15年)9月、川原への下り口に歌碑が建てられた。
長瀞町
埼玉県の西部に位置し、秩父郡に属する町。
人口は約7千人。「長瀞」の正式な字体は長瀞である。
地理
秩父地方に属し、秩父盆地の北端に位置する。美里町、寄居町、皆野町、本庄市(旧:児玉町)と隣接する。
北に不動山、陣見山、南西に宝登山と山々に囲まれた町の中央には荒川が南北に流れており、長瀞渓谷となっている。その川に沿って鉄道、国道が延びている。













