船頭
船頭は、和船の船長。「ふなおさ」という意味があります。和船(わせん)とは、日本で発達した船のことを指します。

 

主に幕末以前に作られた船のことを「和船」と呼び、その船の船長を「船頭」と呼びます。




次に、「船頭」には「櫓などを操って、小舟を操る人」という意味があります。
例えば、渡し船を操る人のことを「渡し船の船頭さん」などと呼びます。



 

また「船頭」を使ったことわざに「船頭多くして、船山に上る」という言葉があります。

これは、指図する人が多すぎて統一が取れず、見当違いの方向に物事が進むことのたとえとなります。


 

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このように会社や家庭などを船に例えることがあるため、そのトップを「船頭」と呼ぶことがあり、「船頭」には、「指図する人」という意味が含まれています。


 

船長
船長という言葉には、どのような意味があるでしょうか
「船長」は、「船舶の乗組員の長」という意味があります。

船を運行するときは、乗組員が必要ですが、その乗組員のトップとなる人が「船長」となります。

 

船舶の指揮者として、法律上の職務や権限、義務を持ち、乗組員を監督する立場となります。「キャプテン」と呼ばれることもあります。


例えば、豪華クルーズ船の乗組員のトップの人が、艦内アナウンスをするとき、「船長からご挨拶があります」などと挨拶をするかもしれません。

また、船の運航に問題が出て、乗組員の長がいる部屋に相談に行くとき、「船長室に行き、船長に相談をする」などという文章にできます。

 

さらに、乗組員として働き始めて、ついに乗組員のトップに上り詰めたとき、「いよいよ船長になることができた」などと感慨深くつぶやくかもしれません。



荒川橋梁
埼玉県秩父郡長瀞町長瀞と同郡皆野町下田野の間で荒川に架かる秩父鉄道秩父本線(秩父線)の鉄道橋である。

荒川本流の最も上流に架かる鉄道橋であり、長瀞渓谷を横断する。通称として親鼻鉄橋(おやはなてっきょう)とも呼ばれる。

上長瀞駅 - 親鼻駅間で荒川を渡る全長153メートル、最大支間長18.99メートルの9径間の単線開床式上路プレートガーダー橋梁である。この全長153メートルの長さは秩父鉄道の橋としては最長の橋である。



 

橋梁は3種類の径間長の異なる桁が使われており、河道の真上に架かる主径間は支間長18.99メートルで6径間を有し、両岸の段丘崖の位置に架かる側径間は支間長12.8メートルで右岸側は1径間、左岸側は2径間を有している。

また、最も上長瀞寄りの1径間は支間長6.55メートルのポーナル型上路鈑桁の架道橋で、その下を皆野町大字金崎にあった秩父駅(初代)へと至る旧線跡がアンダークロスしている。現在はその旧線跡は町道に転用されている。

橋脚は楕円形断面を有した4段の煉瓦積で約20メートルの高さがあり、最上段はいずれもコンクリートを巻き立てて補強がされている。

また、流水方向に石材を用いた水切りが設けられている。橋桁は鉄道作業局の「作30年式」の類似桁を使用し、垂直補剛材が下部のカバープレートに沿って横方向に曲がり、一見ポーナル桁のように見える。


 

なお、「作30年式」とは「明治30年に鉄道作業局で標準化」という意味である。線形は橋梁の前後は河道の向きに対して直角方向となる様、前後で大きくカーブしている。

秩父線は途中の熊谷駅から終点の三峰口駅まで、およそ56.8 kmの長い距離に亘って荒川に沿って敷設されているが、荒川を渡河する箇所は唯一ここだけである。


 

なお、荒川の支流を渡る橋は複数あり、横瀬川橋梁、浦山川橋梁、安谷川橋梁などがある。

本橋梁は、土木学会による「近代土木遺産2800選Aランク(国指定文化財クラス)」に選出されている。



波繁吹き除けビニール
波繁吹きとは、水面の高低運動で発生する。
細かい粒状になって勢いよく飛び散る水。「飛沫」とも書く。 


 

↑ 船頭の指示で波繁吹き除けビニールシートを持ち上げる ↓

 

 

豪快な波しぶきも和船下りの魅力。
ライン下りでは衣類などが濡れないように、各船には波飛沫除けビニールシートを常備。



 

↑ 少量だが波飛沫が船内を濡らす ↓
 

 

↑ 波飛沫が船内に流れ込む ↓

 

 

↑ ソートで身を守って大声を出して波を除ける ↓

 

 

↑ 船内はびしょ濡れに ↓

 

 

水量の多い日は白波が船内に飛び込んでくるが、船頭の合図に従って波よけのビニールを広げればそれほど濡れません。

 

川の上流には水面の高低差(段差)が有り、曲がりくねったり岩なども有ります。

 

其の高低差(段差)に水流が落ちる時に繁吹が発生します。
ラインくだりは此の川の高低差(段差)に船を誘導してスリルを味わうのも魅力の一つです。゜

その際に波繁吹きに掛かることが多いので波繁吹き除けビニールが装備されています、


 

↑ 亀岩 ↓

長瀞渓谷
日本の埼玉県秩父地方に位置する、荒川上流部の渓谷である。全長約6km。岩畳など岩石の間を緩やかな流れ(瀞)が長く続くことから、近代以前より長瀞と呼ばれてきた。
 


1924年(大正13年)12月9日に「長瀞」名義で国の名勝及び天然記念物に指定されている。その範囲は秩父郡長瀞町のほか、上流の皆野町内の川岸も含む。

埼玉県立長瀞玉淀自然公園の一部でもある。

 


 

↑ 8穴あき岩 ↓

 

 

岩畳をはじめ地下深くの高圧下で形成された結晶片岩が地表に露出するなど、地球内部を地質学的に垣間見ることができるとの意をもって「地球の窓」の雅名もある。

 

 

1878年(明治11年)、ドイツ人地質学者ハインリッヒ・エドムント・ナウマン(ナウマン博士)による日本列島各地の地質調査が始まり、博士の率いる調査団が長瀞を訪れ、長瀞の地質学的価値の高さが認められた。

 

 

長瀞ラインくだり乗船記念写真
記念写真とは、人が何がしかの事柄を記念し、撮影する写真。被写体は人物であるのが一般的。

 

 

↑ 私たちを撮影するカメラマン ↓

 

 

人が出産、生誕周年、七五三、入園、入学式、卒業式、結婚式、成人式、賀寿など、人生の節目においてハレの場である式典の様子や家族などとともにいる様子を、カメラで撮影し写真として記録する、こうした機会に撮られた写真をいう。

 

 

あるいは、旅先や観光地など日常以外の機会にその行為や撮影場所を訪れた記念を記録するために撮られた写真も、一般には記念写真と呼ばれる。
 

 

その他、家族、夫婦、恋人などが彼らにしか意味のない何らかの意味を込めて撮る写真もそう呼ばれることがある。

 

 

これらは他人から見れば何の変哲もない写真と受け取られることも多い。

 

中には、夫婦、恋人などが彼らだけの秘密の写真として公開を前提としない写真などを撮ることがデジタルカメラの普及により、別段珍しいことではなくなった。

 

 

写真の黎明期には、その撮影のほとんどが写真館や職業カメラマンによって行われたが、カメラの普及により近年は個人により撮影されることが多くなった。