天ぷら(てんぷら、天麩羅、天婦羅)
魚介や肉、野菜等の食材を小麦粉を主体とした衣で包み、油で揚げて調理する日本料理である。

日本においては長崎天ぷらを起源にして東に伝わり、「江戸の三味」の一つとなり、江戸料理すなわち江戸(東京)の郷土料理となっている。現代では、天ぷらは日本国内外に広がっている。

 

種(タネ(または職人が使用する符丁としてのネタ))と呼ばれる食材を、小麦粉と鶏卵で作った衣をつけてから、天ぷら鍋などを使用して、食用油で揚げる料理である。

日本人にとっては馴染み深い料理であり、元々は屋台で食べられた江戸庶民の大衆的な食べ物であった。


 

 ↑ 亀戸大根の掻き揚げ ↓

 

現在でもスーパーマーケットなど小売店の惣菜や立ち食いそば店の定番種物として親しまれている庶民的な料理である一方、天ぷら専門店においては材料と調理に手間暇をかけた天ぷらを作る。

天ぷら専門店や和食店などによる外食も盛んだが、自宅で作られる一般的な家庭料理にもなっている。日本の代表的な料理に挙げられることも多く、高く評価する外国人もいる。




当初の種としては、野菜(薩摩芋や蓮根のような根菜など)、次いで江戸前の芝エビや魚が使用された。

江戸前の魚介類は多く使用され、野菜を天ぷら種とした物もどちらも「天ぷら」と呼ぶ事が一般的[7]となっている。精進料理を元とする野菜の天ぷらは精進揚げ(ょうじんあげ、しょうじあげ)と呼ばれる場合もある。

 

掻き揚げ
小さく切った魚介類や野菜などを小麦粉を溶いた衣でまとめ、食用油で揚げた天ぷらの一種。

他の天ぷらと同様に「天つゆ」や「塩」で味付けをして食べる。

丼種として丼飯の上に載せたり(かき揚げ丼)、温かいそばやうどんに載せたり、ざるそばに添えたりといった用途に用いられることも多い。

 

天ぷらのコース料理では最後の締めとして出される。これを天丼に仕立てたり、お茶漬け天(茶と呼ばれる))にしたりすることも一般的である。



 

具材

エビ、小柱、イカなどの魚介類を主とする場合と、たまねぎやにんじんなどの野菜を主とする場合がある。また両者を混ぜたかき揚げもあり、具材の組み合わせは様々であり種類も多い。

揚げ油は、白絞油、サラダ油、ごま油など。

 

小エビのかき揚げが定番のひとつで、芝エビが多く利用される。小柱の掻き揚げも定番で、こちらはアオヤギ(バカガイ)の貝柱を材料とする。

 

これらはいずれも東京の特産物が具材に使われた江戸前の天ぷらである。
エビや貝柱など魚介類に三つ葉を加えたかき揚げは、飲食店等で提供されている。



 

↑ 大根あさり鍋用の薬味 ↓


野菜のかき揚げには、ニンジンやゴボウ、ネギやタマネギ、春菊などが用いられる。関東地方の立ち食いそば・うどん店においては、たまねぎを主体としたかき揚げを載せたものを「天ぷらそば(うどん)」と呼ぶのが通例である。

地方独自のかき揚げも多く、サクラエビやシラス、シラウオ、紅しょうがをまとめて揚げることもある。九州南部ではサツマイモを主体とした、かき揚げに似た「がね」と呼ばれる郷土料理がある。
 



語源
名前は、かき混ぜて揚げることに由来するというのが業界での認識である(天吉店主等)。同一の説明を別の料理人がしていたという逸話を、池田弥三郎も記述している。

歴史
守貞漫稿(1837年-執筆)には、「『蕎麦屋の天ぷら』は『芝海老』だった」と書かれている。
蕎麦の研究家によれば、天ぷら蕎麦が考案されたのは文政年間(1818-830年)頃で、使用されたのは芝海老のかき揚げだった。

明治維新後、天ぷら屋「天金」常連客の徳川慶喜は鍋島皿に大きなかき揚げを載せて食べていたという。


 

↑ 亀戸大根のステーキと豚肉の煮物 ↓

 

大根
アブラナ科ダイコン属の越年草で、野菜として広く栽培される。

地中海または中央アジアの地域が原産といわれており、日本、中国、ヨーロッパなど各地で主に肥大した根を食用とするほか、葉も食材となり、種子から油を採ることもある。根の部分は淡色野菜、葉は緑黄色野菜である。

 


多くの品種があり、根の長さ・太さなどの形状が多様。日本では白い皮の品種が主流だが、赤、緑、紫、黄、黒などのさまざまな色があり、地域によっては白よりも普通である。

日本においても品種・調理法とも豊富で、世界一大きくて重い桜島大根、世界一長い守口ダイコンなどの種類があり、日本人の食卓(鍋料理・おでん・沢庵等)には欠かすことのできない野菜となっている。


 

葉はビタミンAを多く含み、青汁の原料として使われる。汁はビタミンCやアミラーゼを多く含む。野菜としての位置づけにおいては、春の七草の一つ「すずしろ」であり、薬味や煮込み料理にも使われるなど、利用の幅は広い。薬草としても扱われ、消化酵素を含有することから、血栓防止作用や解毒作用がある。


 

名称
古くは「大きな根」の意味で「おおね」と呼び、「大根」の字を当てていたものが、いつしか音読みされて「だいこん」で通るようになった。

したがって「大根」は日本以外では通用しない。日本のダイコンは根茎部分が白い品種で、春の七草などにおいてはすずしろ(清白)とも呼ばれる。



 

ダイコンの野生種は見つかっておらず原産地は確定されていないが、地中海地方や中東など諸説ある。栽培種は中央アジアが起源地のひとつと考えられている。

紀元前2200年の古代エジプトで、今のハツカダイコンに近いものがピラミッド建設労働者の食料とされていたのが最古の栽培記録とされ、その後、ユーラシアの各地へ伝わる。



 

中国では西城から伝わったとみられ、紀元前4世紀にはすでに記録がある。

ヨーロッパ各地への普及は、15世紀になってからイギリスで栽培されるようになり、フランスでは16世紀ごろから栽培が始められた。


 

日本には弥生時代には伝わっており、奈良時代の歴史書『日本書紀』にも記され、仁徳天皇の歌に「於朋泥」(おほね)として登場するのが最も古い記録である。


 

平安時代中期の『和名類聚抄』巻17菜蔬部には、園菜類として於保禰(おほね)が挙げられている。一般に食べられるようになったのは江戸時代からで、江戸時代前期にはいくつかの品種の成立と栽培法が確立しており、関東の江戸近郊である板橋、練馬、浦和、三浦半島辺りが特産地となり、その中で練馬大根は特に有名であった。

 

↑ 揚げうどんと揚げないうどん ↓

 

凶作時や冬場の保存食としても重要で、漬物や切り干しなどの加工法が地方ごとにさまざまに工夫されていった。

 

揚げうどん
ゆでうどんは水気をよく切ってから片栗粉をまぶし、ほぐしながら揚げていく。
※うどんは油がはねやすいので水にさらさず、水気を十分に取りのぞき、さっと揚げる。



 

うどんは、日本の麺のひとつ。小麦粉を練って長く切った、ある程度の幅と太さを持つ。またはその料理である。饂飩とも書く。

細い物などは「冷麦」「素麺」と分けて称することが一般的ではあるが、乾麺に関して太さによる規定がある以外は厳密な規定はない。




細い麺であっても「稲庭うどん」の例も存在し、厚みの薄い麺も基準を満たせば、乾麺については「きしめん、ひもかわ」も含まれる。

手軽な庶民食、米飯と同様に主食として、また、祝い事に際して振る舞われる「ハレ」の食物として、古くから日本全国で食べられてきた。地域によって調理法や具材が異なる。



 

麺を大きな鍋で茹で上げる場合には、鍋の周囲に引っかけた状態で茹でられるよう、金属製あるいは竹製で深いザル状の「鉄砲ざる」(略して「テボ」「てぼざる」とも言われる)が用いられることも多い。


 

供する器には、丼(かけうどん)や、皿(うどん鉢など)、ざる(ざるうどんなど)、鍋(鍋焼きうどん)のほか、桶(うどん桶)、たらい(盥うどん)なども用いられる。


 

専門店以外にも、蕎麦も並行して提供する店舗があるほか(立ち食いそば・うどん店など)、外食チェーン店などのメニューともなっている。

 

また、麺のみの販売もスーパーマーケットなどで乾麺、茹で麺、生麺の状態で行われており、カップ麺としても多くのメーカーが多様な種類を販売している。


 

自動販売機による販売も行われており、カップ麺タイプ(パッケージがそのまま出てくるものや、湯を注ぎ完成したカップ麺が出てくるものだけでなく、完成された温かいものが出てくるタイプ(冷蔵麺を茹で→湯切り→温かいつゆを注ぐ→完成という工程を踏んでいる)も存在する。


 

文化
日本におけるうどんの文化は、歴史的には蕎麦(蕎麦切り)より、うどんの方が古い。また、小麦の原産地は中央アジアから西アジアとされており、小麦は米作に向かない地域で耕作され発展している。



 

「門前蕎麦」と同じく、参拝者などに対する「門前饂飩」として古い歴史を持った社寺にまつわる文化的なうどんが各地に存在している(加須うどん、吉田のうどん、伊勢うどんなど)。