亀戸 升本 本店
地産地消
東京都が地産地消に取り組む飲食店を応援します。

都民の食の安全安心に対する関心や地産地消を求める声が高まる一方で、生産量及び流通量が限られている東京産農林水産物については、消費者に十分に認知されていない状況にあります。

東京都では、東京産農林水産物を積極的に使用している飲食店を「とうきょう特産食材使用店」として登録し、PRすることにより、飲食店における地産地消の取組拡大や消費者の東京産農林水産物への理解促進を図り、消費及び生産の拡大を目指します。

都内(区部及び多摩地域)で営業している飲食店で、以下の取組みをしています。

● 東京産農林水産物を食材としておおむね年間を通じて使用している。
● 使用している東京産農林水産物の情報を来店者に提供している。
● 地産地消の促進につながる取組を行っている。
● 今後もさらに東京産農林水産物の使用をすすめる。
● 都の食育・地産地消推進の施策等に協力する。



 

↑ とうきょう特産食材使用店とは登録されているお店はこのボードが目印です ↓


地産地消
地域生産・地域消費の略語で、地域で生産された様々な生産物や資源()(主に農産物や水産物)をその地域で消費することである。

食生活改善運動と農産物の生産種類の多様化
地産地消という言葉は、農林水産省生活改善課(当時)が1981年(昭和56年)から4ヶ年計画で実施した「地域内食生活向上対策事業」から生じた。

なお、篠原孝氏(衆議院議員・農学博士)は「1987年に自分が造語した」と、新聞・雑誌等で主張している。



 

しかし、すでに1984年(昭和59年)に雑誌「食の科学」で秋田県職員が地産地消を使用している。

またほぼ同時期の、当該事業と生活改善活動について紹介した農水省の公報誌にも地産地消の語句が掲載されている。

これらの事実により、このころまでにはすでに、全国各地の農業関係者の間に広まっていた言葉であることが判明した。


 

当時、農村の食事は伝統的な米とみそ汁と漬物のパターンであったため、塩分の取り過ぎによる高血圧などの症状が多く見られた。

戦後、日本人の死亡原因第1位の感染症(結核など)が克服され、当時の死亡原因第1位となった脳卒中を減らすためには、原因の1つとみられる高血圧の改善が必要となった。



 

また、伝統食の欠点(塩分の取り過ぎの他、脂肪・カルシウム・タンパク質の不足など)を改善することも国民の健康増進のためには必要と考えられた。

不足しがちな栄養素を含む農産物の計画的生産と自給拡大の事業が実施され、同時に生活改良普及員らによって周知事業も行われた。


 

このような活動の中、特に農村においては他地域から不足栄養素を多く含む農産物を買い求めるとエンゲル係数の増大を招いてしまうため、地元でそのような農産物を作ろうということで「地産地消」という語が発生した(当時は1ドル240円程度であり、農産物輸入をしようとしても高額になってしまい、不足栄養素を補うという目的を果たせなかったため、安価な国内生産を選択している)。


 

雑誌「食の科学」1984年2月号には、秋田県河辺町(現在は秋田市の一部)がこの事業に取り組んで緑黄色野菜や西洋野菜の生産量を増やす運動を実施し、「地産地消による食生活の向上」を標榜していたことが明記されている。

このように、当時の地産地消は、伝統的な食生活による栄養素・ミネラルバランスの偏りの是正によって健康的な生活を送るため(医療費削減圧力)、余剰米を解消する減反政策の一環として、他品目農産物の生産を促すため(食糧管理制度の維持)、気候変動に弱い稲作モノカルチャーから栽培農産物の種類の多様化によってリスクヘッジをするため(農家の収入安定)など、多様な経済的インセンティブによって推進された。



 

長所と短所
長所
旬の食べ物を随時新鮮なうちに食べられる。
消費者と生産者の距離が近いゆえに鮮度がよいため、野菜の栄養価が高い
地域経済の活性化、地域への愛着につながる。

地域の伝統的食文化の維持と継承
農水産物の輸送にかかるエネルギーを削減できる()(フードマイレージ)

短所
北海道、秋田県、山形県のように食料自給率の高い道県の場合、地産地消だけでは需要不足で、必然的に供給過多になってしまう。

地産品の生産投入エネルギーが、輸入品のそれにフードマイレージを加えたものを超える場合、二酸化炭素排出量が多くなる(日本産畜肉の生産投入エネルギーは輸入品の3〜5倍。

ただし、日本産畜肉の生産投入エネルギーが大きくなるのは、輸入穀物を飼料としていて、そもそものフードマイレージが大きいため)。



 

その他
2007年度(平成19年度)に富山県の氷見市農業協同組合が、域内での地産地消を推進する為に設立した「きときとひみ地消地産推進協議会」が、域内での地産地消に関する活動に北陸農政局から評価を受けたことから、国内で初めての国の提案型地産地消モデルタウン事業に指定された。

千葉県では県独自の取組みとして「千産千消」と称してPRを行なっている。


 

八海山
南魚沼市に位置する大正11年(1922年) 創業の酒蔵。 掲げる目標は”未来永劫、終わらない会社”。創業からまだ3代目という、日本酒業界においては若い企業です。

八海醸造は、「幻の酒」を造りません。日本酒とは広く消費者に浸透し、いつでも欠かさず生活に溶け込んでいるべきものと考えているからです。

「メーカーには供給責任がある」という3代目当主・南雲二郎氏のの言葉に、その意識を垣間見ることができます。

消費者に愛され続けるために、品質に妥協せず、ブランドをつくり、地元との共生も忘れない。熱い情熱と巧みなマーケティングによって、八海醸造は今日も成長しています。



 

清酒の銘柄
普通酒(清酒八海山)
特別本醸造酒(本醸造八海山)
吟醸酒(吟醸八海山)
純米吟醸酒(純米吟醸八海山)
大吟醸酒(大吟醸八海山)
純米大吟醸酒(純米大吟醸八海山金剛心)
越後で候(しぼりたて原酒「越後で候」)
純米原酒(特別純米原酒八海山)
雪室貯蔵酒(八海山雪室貯蔵三年)
発泡にごり酒(発砲にごり酒八海山)
瓶内二次発酵酒(瓶内二次発酵酒あわ八海山)
貴醸酒(八海山貴醸酒)


 

江戸切子
江戸時代末期から江戸、東京都において生産されているガラス細工で、東京都指定伝統工芸品および経済産業大臣指定伝統的工芸品である。

 

江戸切子の特徴
江戸時代後期に生産された江戸切子は、透明な鉛ガラス(透きガラス)に鑢や金棒と金剛砂によって切子細工をし、木の棒等を用いて磨き行った手作業による手摺り工程による細工によって制作されたと言われる。

当時の薩摩切子が厚い色ガラスを重ねた色被せ(いろきせ)ガラスも用いていたこと、ホイールを用いた深いカットと大胆な形であることとは大きな違いがある。

明治期以後は薩摩切子の消滅による職人と技法の移転や海外からの技術導入により、江戸においても色被せガラスの技法・素材も用いられるようになる。

色ガラスの層は薄く鮮やかなのが特徴。加工方法も、文様を受け継ぎつつ手摺りからホイールを用いたものへ移行していく。

江戸切子の文様としては、矢来・菊・麻の葉模様など着物にも見られる身近な和の文様を繊細に切子をしているのも特徴である。

現在は、当初からの素材であるクリスタルガラス等の透きガラスよりも色被せガラスを素材に用いたものが切子らしいイメージとして捉えられており、多く生産されている。



 

現在
多くの課題に対して、様々な試みをとりながら和の特色と個性を反映した日本のカットグラス・ガラス工芸として普及・生き残りを図っている。

江戸切子協同組合では伝統工芸江戸切子や地域ブランドの認定を受け活動。

個々の職人や加工場では職人仕事・下請け加工からの転換・多角化としてイベント会社の行うデパート催事への参加、自社製品の卸販売化や店舗・ホームページを構えての直販、異業種・デザイナーとのコラボレーション、また若手の育成も試みられている。

また、切子作家・カットグラス作家という活動も見られる。これは職人やその師弟が、下請け加工との兼業あるいは転業・独立して、個人として創作し日本伝統工芸展を始めとするコンペ・作品展への出品や教室・個展の開催等の活動を行うものである。


 

これらの活動は、ガラスコースを持つ美術大学・専門学校のカリキュラム内やカルチャー教室の切子講座においてカットグラスの指導を受けた者が修了後に始めるケースも見られる。職人という仕事にはせず、趣味の一環としてや作家専従のケースが多い。

江戸切子は薩摩切子と違い、現在に至るまで継続している。その歴史は震災・戦災ほか幾多の困難を経ても途絶える事が無かったこと、また文様や用途も身近な庶民の暮らしとともに発展していったこと等から「庶民の育てた文化」ともいわれている。

 

↑ 亀戸大根あさり鍋 溶岩石を使用 ↓


 

亀戸大根あさり鍋
食材 あさり(浅蜊、蛤仔、鯏)
異歯亜綱マルスダレガイ上科マルスダレガイ科に属する二枚貝の一種。


 

食用として重要な貝の一つである。広義にはアサリ属に属する二枚貝の総称で、日本でもアサリ以外にヒメアサリもアサリと呼ぶ場合が多い。

日本や朝鮮半島南部では古くから食用とされ、貝塚などから数多くの貝殻が出土する。


 

↑ 仲居さんの手によって火加減調理、取り分けも ↓

 

 

現在では、潮汁や味噌汁の具、酒蒸し、和え物、しぐれ煮とするほか、ヴォンゴレスパゲッティやクラムチャウダーの具などにも用いる。


 

ビタミンB1を破壊する酵素であるアノイリナーゼを含むため、生食には向かないとの見方もあるが、伝統的にポルトガルやチリなどでは生で賞味されている。


 

着底後はほとんど移動しないという生態のため貝毒が蓄積されていることがあり、浜名湖アサリ貝毒事件のようにアサリの貝毒による集団食中毒事件も起こっている。


 

アサリと水質
アサリは濾過摂食者であるため、水質浄化機能が期待できる。成貝の濾水量はおおよそ1個体で10L/日と多く、水質浄化と漁獲回復の双方を狙った干潟再生事業も少なくない。


 

一方で、海がきれいになりすぎる貧栄養化がアサリ漁獲量の減少を招いているという見解もあり、鶏糞を「海の肥料」として広島県の干潟に投入したところアサリが増えた事例がある。

 

 

↑ お好みで味変に亀辛麹も ↓


 

アサリの現状
日本においては三河湾(愛知県)が一大産地となっており、愛知県は2004年より漁獲量日本一となっている。



 

1960年代は全国で年間約10万トンの漁獲量があったが、1980年代の14万トンを頂点として減少し1994年には5万トン、2009年には2万トン以下まで減少した。

減少の原因は「乱獲」や「生息域の埋め立て」などの他に、富栄養化や水質汚染に伴う環境悪化(青潮)、ナルトビエイやツメタガイなどによる食害、輸入稚貝を原因とする「パーキンサス原虫」の感染に伴う繁殖力の低下などの可能性が指摘されている。


 

2017年以降は国内での漁獲高は1万トンを下回っており、国内での需要の大部分は年間3万から4万トン台の輸入により賄われている。


 

養殖
人工増殖種苗を自然水域に放流した養殖[や遊休クルマエビ養殖池の利用研究のほか、稚貝を網に入れ(牡蠣やホタテガイのように)吊り下げての技術が開発され養殖が行われている。


 

2012年度から世界自然保護基金などが、環境配慮型の養殖を認証する制度を設けるに当たり、ヤンマー等が国内認証第1号を目指す働きかけを行っている。

また、大分県内で卵から孵化させた稚貝を全国に出荷する事により、日本固有種のアサリを保護すると同時に、純国内産のアサリを市場に普及させる事が期待されている。


 

貝毒
毒性物質を蓄積した有毒渦鞭毛藻などのプランクトンが分布する水域で育ったアサリを喫食すると貝毒により食中毒を起こすことがある。日本では行政により定期的に毒性の有無が監視され、公表されている。



 

有毒化した場合には採集禁止措置が取られる。従って、商業的に流通するアサリで食中毒を起こすことはない。


 

アサリによる大規模な食中毒事例は、1940年代に中毒者334名死者144名を発生させた事件が浜名湖であった。また、明治時代には神奈川県長井でも発生したとされる。