石碑
山号寺号と共に日本曹洞第一道場と刻されています。
日本曹洞宗第一道場
大本山永平寺は1244年、道元禅師が45歳の時に波多野義重公の願いによって、越前(現福井県)に大仏寺を建立し、その2年後に永平寺と改めたことが始まりです。
「日本曹洞宗」の第一道場であり、出家参禅の道場として長い歴史を歩んできました。

これまで多くの修行僧が、道元禅師の定められた厳しい作法によって修行を続けてきました。
それは早朝の起床から坐禅、勤行、行鉢など日夜行われるもので、現在も当時のまま、約150人の修行僧がひたむきに修行生活に臨んでいます。

境内は約10万坪(33万㎡)の広さを持ち、樹齢700年ともいわれるスギの森のなかにあります。
その静寂なたたずまいは、修行僧ならずとも心が洗われるような空間です。全国各地から参拝に訪れる人は絶えず、数多くの信者のための施設が永平寺や門前町に整っています。

炬火採火の地碑
明治百年記念国民体育大会
第23回国民体育大会は、1968年に開催された国民体育大会である。
冬季スキー競技大会のスローガンは「心をこめて迎えよう白馬国体」、夏季・秋季大会のテーマは「新しい時代をひらく国体」、スローガンは「明るく、清く、たくましく」。明治100年の記念年にあたることから、正式名称は明治百年記念第二十三回国民体育大会である。
当時の福井県の人口は約75万人で、人口100万人以下の県で初めて開催された大会となった。
足りないところは真心で補おうと県民総参加で取り組んだ結果「親切国体」とも呼ばれ、天皇杯を獲得して大会自体も大成功を収めた。
入場行進の際には、天皇・皇后がロイヤルボックスに着席した。
行進曲には「この明るさの中にゆけ」「イッチョライ節」「福井音頭」が流れた。
↑ 参道の木立 ↓
参道
日本において神社や寺院に参詣するための道のことである。
参道は、一般的に、影響力がある神社や寺の周辺で、自然発生した鳥居前町・門前町とセットに認識されている場所も多く、どの範囲を「参道」と呼ぶかは、場所によって異なり、それぞれの場所の慣習による。
狭義には、鳥居や山門などの結界内の通路のみを示すが、広義には街道筋など人通りの多いところから社寺に至る道の全てを意味する。
複数の参道が存在していた社寺も多数存在する。その場合、一番メインの参道は「表参道」などと呼ばれることが多い。
たとえば東京明治神宮付近の「表参道」(東京都道413号赤坂杉並線)は、現在では国道246号となっている矢倉沢往還・大山街道と明治神宮をつなぐ、明治神宮にとっての主要参道のことであり、渋谷区神宮前エリアの地域名となって定着してもいる。
また、参詣のために街道筋が捻じ曲げられて社寺に近づいていたところなども、珍しくはなく、その捻じ曲げられた周辺の街道筋をも「参道」と呼ぶ場合がある木(例→小金宿:水戸街道が本土寺への参詣の便のためにねじまげられていた事例)。
↑ 永平寺全景図 参道 ↓
建物の並びは坐禅を組んだ人の形にも例えられ、法堂は頭、仏殿は心臓などとも言われているそうです。
樹齢500年と言われる大杉が連なり、根元を見ると岩をものみ込んでいます。
社寺の参道
参道にある灯籠、常夜灯はもともとは仏教寺院のものであり、平安時代以降、神社にも浸透したものである。
また参道に敷かれる玉砂利は、玉が「たましい(魂)」「みたま(御霊)」「美しい」という意を持ち、砂利は「さざれ(細石)」の意を持ち、その場を清浄する意味を持っている。
敷くことによってその場所を祓い清める意味があり、なお参道を進み清浄な石を踏みしめて本殿に進むことによって、汚れた身を清め心を鎮めて、最高の状態で祈りが出来るようにしてある。
↑ 大本山永平寺参拝者入口 ↓
注意事項もいくつかあるのでしっかり確認しましょう。
一、参拝の際には身心を整え、左側通行で静かにお参りすること
一、鐘や太鼓などの鳴らし物には手を触れないこと
一、雲水(修行僧)には、直接カメラを向けないこと
一、酒類に酔って他人に迷惑をかけないこと
一、タバコは定められた喫煙所で
一、携帯電話は電源を切るか、マナーモードで
一、廊下の外、建物の外には出ないこと
写真は雲水に直接カメラを向けなければ自由に撮影してよいそうです。
マナーを守って気持ちの良い参拝を。
















