水牛車に乗って由布島へ
ここができたのは、ひとりの人の想いから。

島の周囲2kmほどの小さな島、由布島。西表島に寄り添うようにあるこの島は、いまや八重山観光を代表する場所。



 

西表と由布を結ぶのは水牛車。ゆらりゆらりと揺られながら、のんびりと水牛のペースで島を渡る。


 

由布島は、島ごと植物園になっている。ハイビスカス、ブーゲンビレアなどの南国の花々が年中咲き乱れ、ヤシやガジュマルなどの緑が溢れ、オオゴマダラなどの蝶が優雅に飛んでいる。



 

もとは無人島だった由布島に、人が住みはじめたのは昭和20年のこと。黒島や竹富島から移り住んだ人が多く、昭和30年頃には、農耕につかうため各世帯で水牛をもつようになったという。


 

徐々に人口が増え、公民館や小学校もでき、昭和40年頃には25世帯100人を超える人が住んでいた。

 

 

昭和44年の台風による高潮で島が水没、3世帯を残して住民は対岸の西表に、美原という集落をつくって移住した。



安里屋ユンタ

 

↑ 車内天井に安里屋ユンタの歌詞が ↓

 


 

サー 君は野中の いばらの花か
サーユイユイ
暮れて帰れば ヤレホンニ 引き止める
マタハーリヌ
チンダラ カヌシャマヨ

 


 

「サーユイユイ」とは、歌の調子を整えるための意味のない囃子言葉。『東京音頭』でいう「踊り踊るなら チョイト東京音頭 ヨイヨイ♪」の「ヨイヨイ」が思い出される。「ヤレホンニ」も同様。

「チンダラ カヌシャマヨ」とは、八重山方言の古語で「本当に愛しい人(女性)」の意味。「チンダラ」は「ツンダラ」「ツィンダラ」などとも表記される。

「マタハーリヌ」については、「また会いましょう」の意味とする説もあるようだが、定説はない。

「暮れて帰れば 引き止める」とは、日が暮れる頃に帰ろうとする自分(男性)を引き止めてくれる、といった意味。

 


サー 嬉し恥ずかし 浮名(うきな)を立てて
サーユイユイ
主(ぬし)は白百合(しらゆり) ヤレホンニ ままならぬ
マタハーリヌ
チンダラ カヌシャマヨ




↑ 御者が三線を弾きながら美声で歌って由布島へ ↓



 

「浮名(うきな)」とは、恋愛や情事のうわさのこと。

「ままならぬ」とは、思い通りにならない、といった意味。



 

サー 田草(たぐさ)取るなら 十六夜(いざよい)月夜
サーユイユイ
二人で気兼ねも ヤレホンニ 水いらず
マタハーリヌ
チンダラ カヌシャマヨ



 

田草とは、田んぼに生える雑草のこと。田に生える雑草を取り除くことを「田草取り」という。晩夏の季語。

田植え後七日から十日後に取る草を「一番草」、以後、稲の花が咲く頃まで、約十日ごとに二回から四回程、草取りを行う。


 

十六夜(いざよい/じゅうろくや)は、陰暦16日の夜、またはその夜の月を意味する。

昔(陰暦)の磨は月の満ち欠けが基準となっており、年中行事は15日(満月の十五夜となる日)に行われることが多かったので、その翌日は行事が済んだ直後で人出が少なくなることから、二人だけで過ごすのに都合が良いということ。



 

サー 染めてあげましょ 紺地(こんじ)の小袖(こそで)
サーユイユイ
掛けておくれよ 情(なさけ)の襷(たすき)
マタハーリヌ
チンダラ カヌシャマヨ



 

紺地(こんじ)とは、紺色の織り地。または染め地のこと。沖縄民謡では、男女の恋愛に関するウタで、愛情の深さの度合いを表現するのに紺色の染め地が歌詞で使われることがある。

また、紺地の着物は琉球時代、結婚した夫人の正装であり、「紺地に染める」とは結婚を暗示している。

男性のプロポーズ(求婚)に応じた女性は、八重山のミンサー織りの手ぬぐいを男性に贈ったという。つまり、襷(たすき)を「掛けておくれよ」とは、プロポーズに応えて欲しいという男性の願いが表現されていることになる。

ちなみに、「掛けておくれよ」については、「情けを掛ける」と「襷(たすき)を掛ける」の掛詞(かけことば)となっている。