ホテルでの夕食
トゥドゥマリの浜(月ヶ浜)で暫く佇み、保安林の隙間道からホテルへ戻った。



 

↑ トゥドゥマリの浜(月ヶ浜)と保安林 ↓

 

 

この浜は、ホテルが管理する私有地ではではないものの、ホテルから直接行くことが可能でプライベートビーチ感が有るある。




↑ 宿泊者以外の立入禁止 ↓




 

↑ 保安林を抜けホテルへ ↓

 

 

 

↑ プールサイドで一休み ↓

 



夕食とは

夕刻や晩に取る食事のこと。夕餉(ゆうげ)、晩御飯(ばんごはん)、晩餐(ばんさん)とも呼ばれる。

 

↑ レストラン ロビー ↓

 

一般に、就寝する前の2~5時間程度の余裕を持って食べる傾向が見られ、これがいわゆる日没の時間帯=夕方に成るために夕飯といわれる。

 



日没後の夜間に取る食事は「晩飯」と呼ばれるが、夜間の活動時間が長くなった現代では、晩飯を「夕食」と呼ぶことも多い。


 

↑ レストランへ ↓

 

 

夜間、特に深夜帯に摂る食事は夜食と呼ばれる。夜食は通常、夕食とは別に摂取されるものであり、夕食とは区別される。

夕食の位置づけは文化圏ごとに異なる。



ビュッフェスタイル
フランス語で立食形式での食事の意。ビュフェやブッフェともいう。



ビュッフェはフランス語ではもともと「飾り棚」を意味し、飾り棚に料理を並べて各自が料理を好きに取り分けて立食するスタイルを指した。

 

メインテーブルに並べられた料理を各自が取り分ける立食形式の食事を「ビュッフェ」と呼ぶ。




さらに客側がセルフサービスで料理を自由に皿に取り分けるスタイルそのものをビュッフェと称することもあり、その場合には立食形式のほかシッティング・ビュッフェ(元卓の料理をセルフサービスで取り分け自分のテーブルで着席して飲食する形式)を含む。




国際儀礼では立食形式のパーティが「レセプション」として開催されることがある。

日本語では「バイキング」と称されることがある。日本初の食べ放題レストランの店名が「バイキング」であったことに由来する。


 

1957年(昭和32年)、翌年に落成する新館の目玉となるレストランを模索していた帝国ホテル社長の犬丸徹三は、旅先のデンマーク・コペンハーゲンで北欧式ビュッフェ「スモーガスボード」に出会った。


 

↑ ビールサーバー ↓

 

 

「好きなものを好きなだけ食べる」というスタイルに注目した犬丸は、当時パリのリッツ・ホテルで研修中で後に帝国ホテルコック長となる村上信夫に料理内容の研究を指示した。


 

一方「スモーガスボード」が非常に言いにくく馴染みのない言葉であったため、新しいレストランの名称を社内公募した。




その結果「北欧と言えばバイキング」という発想と、当時帝国ホテル脇の日比谷映画劇場で上映されていた『バイキング』(1958年)という映画の中の豪快な食事シーンが印象的だったことから、新店名を『バイキング』に決定した。


 

1958年(昭和33年)8月1日、新しく開館した帝国ホテル第二新館に『インペリアルバイキング』をオープンした。


 

このレストランは好評を博し、ランチ1,200円、ディナー1,600円だったにも関わらず連日行列ができるほどであった(当時の大卒の初任給が12,800円。)。


 

これを模倣した後発店が定額食べ放題のシステムを「バイキングスタイル」と表現したため、バイキングはビュッフェレストランの代名詞となった。


 

なお、バイキング方式はカフェテリア方式などと同じく選択式の供食形態であるが、カフェテリア方式は主食、主菜、副菜、汁物、デザートなどの区分に応じて定量に小分けした多種類の料理から利用者が自主的に組み合わせる方式であるのに対し、バイキング方式は多種類の料理から利用者が種類も量も自由に選択できる方式をいう。