JR吾妻線
川原湯温泉駅は、群馬県吾妻郡長野原町大字川原湯にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)吾妻線の駅である。
↑ 新川原湯温泉駅駅舎左側駐車場 ↓
八ッ場ダム(2009年11月現在未着工)が完成すると、当駅を含む川原湯地区一帯がダムの底に沈む予定である。
それに伴い、線路の付け替えおよび駅の移設が行われ、「新川原湯温泉駅(仮称)」として新設された。

駅舎左側には充分スペースのある駐車場が有る。また駅正面にも小規模な駐車場が。
駅正面右側はロータリーに成っている。

駅舎左側の中程に通用口があり駅正面に通ずるが通路の両側にトイレがある。

↑ トイレも充実した仕様である ↓
↑ 車椅子用トイレと駅舎正面駐車場 ↓
↑ 駅名と切符売り場 ↓
キップ売り場の手前待合室のショーウインドーに川原湯温泉の奇祭「湯かけ祭り」の様子と八ッ場ダムの周辺立体図が。

↑ 奇祭「湯かけ祭り」の衣装と必需品 ↓
↑ 待合室(左側がロータリーに) 切符売り場 ↓
↑ ホームへは跨線廊下を渡り階段かエレベーターを利用する ↓
↑ 長野原草津口方面 渋川高崎方面 ↓
乗り場ば階段又はエレベーターを使用し階下へ。
↑ 階段 ↓
1 ■吾妻線(下り) 長野原草津口・万座・鹿沢口・大前方面
2 ■吾妻線(上り) 中之条・渋川・高崎・大宮・上野方面

歴史
吾妻郡六合村(現・中之条町)の群馬鉄山(1963年閉山)で採掘された鉄鉱石の輸送のための路線として1945年、渋川〜長野原(現・長野原草津口)間が長野原線として開業。

長野原から群馬鉄山のある太子(おおし)までは、日本鋼管社の専用線が敷設された。当初は貨物専用線として開業したが、1946年までに渋川〜長野原間の旅客営業を順次開始した。

なお、渋川から中之条までは吾妻温泉馬車軌道が1912年に開業しており、この馬車鉄道はその後吾妻軌道と社名を改め1920年には路面電車となり、そして群馬電力・東京電力(現在の東京電力とは別)・東京電燈と経営者が変わりながらも1933年まで営業を行っていた。

吾妻線のルートは、規格は普通鉄道なので曲線は少ないながらも、これにほぼ並行する形となっている。
群馬鉄山専用線(長野原〜太子間)は、1952年に国鉄に移管され、1954年に旅客営業を開始した。

1963年の群馬鉄山の閉山後、1966年に貨物便運行が廃止、1967年の長野原線電化からも取り残され、1970年に長野原以西延伸に伴う「長野原駅構内の改築工事」を理由として休止、そのまま列車の運行が再開されることのないまま翌1971年に路線が廃止された。

今でも長野原草津口駅付近の車窓から、廃止された太子支線の鉄橋が見られる。
太子駅跡には小さな公園として花壇が整備されているほか、当時のトイレも残され、地元の人により管理されている。
なお、太子へは長野原草津口駅から中之条町営バス(旧JRバス花敷線)で行くことができる。

長野原以西は、嬬恋までの予定線が「嬬恋線」として1953年に鉄道敷設法別表(第54号の2)に加えられ、1971年3月7日、大前までが延伸開業、同時に線区名が吾妻線に改称された。

1961年には第54号の3として嬬恋から信越本線豊野に至る予定線が追加されたが、こちらは未着工に終わった。

↑ エレベーター ↓
大前〜豊野間の建設を断念した理由として、当時の国鉄の財政力が弱まっていたこともあるが、調査により、大前以西の嬬恋村内の地熱が高く(浅間山の影響といわれる)、長大トンネルを掘削して列車を通過させることは危険との技術的な判断もあったとされる。
↑ 新川原湯温泉駅 ↓
18〜19日は旅行日のためブログはお休みいたします。





















